邦語論文


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マクロ経済学

ミクロ経済学


介護予防給付の導入が要支援者の要介護状態の変化に与える影響

(湯田道生,鈴木亘,両角良子と共著)『季刊社会保障研究』,第49巻第3号,2013年12月,310-325頁

本稿では,2003年4月から2009年3月における福井県下全17市町の介護保険給付費レセプトデータの個票パネルデータを用いて,2005年度の介護保険制度改革で導入された介護予防給付が,要支援者のその後の要介護状態にどのような影響を与えたのかを検証した。介護予防給付の導入前後において,初回の要介護認定時に(旧)要支援・要支援1の認定を受けた人々の経時的な要介護度の推移を比較したところ,予防給付グループの要支援者割合は,常に介護給付グループのそれを上回っている様子が確認された。また,計量経済分析の結果からは,他の条件を一定としたときに,訪問介護,通所介護および通所リハビリテーションの介護予防サービスを利用している個人の要介護度は,そうでない個人に比べて,要支援にとどまる確率が有意に高く,また,要支援2・要介護1・要介護2に悪化する確率がそれぞれ有意に低いことが確認された。

The Effect of Introducing Prevention Benefits on Changes in Care Levels of Support-level 1 care Receivers

(with Michio Yuda, Wataru Suzuki, and Ryoko Morozumi) Quarterly of Social Security Research, Vol. 49, No. 3, December 2013, pp. 310-325.


レセプトデータを用いた医療費・介護費の分布特性に関する分析

鈴木亘湯田道生両角良子と共著)『医療経済研究』,第24巻第2号,2013年6月,86-107頁


高齢者医療における社会的入院の規模:福井県国保レセプトデータによる医療費からの推計

鈴木亘湯田道生両角良子と共著)『医療経済研究』,第24巻第2号,2013年6月,108-127頁


通所リハビリテーションの提供体制の整備が介護費に与える影響

両角良子鈴木亘湯田道生と共著)『医療経済研究』,第24巻第2号,2013年6月,128-142頁


医療・介護保険の積立方式への移行に関する確率シミュレーション分析

(福井唯嗣と共著)『会計検査研究』,第46号,2012年9月,11-32頁(PDF file


国民健康保険の医療費と保険料の将来予測:レセプトデータに基づく市町村別推計

湯田道生鈴木亘両角良子と共著)『会計検査研究』,第46号,2012年9月,33-44頁(PDF file


医療・介護保険財政をどう安定させるか

(福井唯嗣と共著)鈴木亘・八代尚宏編『成長産業としての医療と介護』,日本経済新聞出版社,2011年11月,45-71頁


医療・介護保険の費用負担の動向

(福井唯嗣と共著)『京都産業大学論集 社会科学系列』,第28号,2011年3月159-193頁PDF file


行動経済学は政策をどう変えるのか

池田新介・市村英彦・伊藤秀史編『現代経済学の潮流2009』,東洋経済新報社,2009年9月,61-91頁


社会保障財源としての税と保険料

国立社会保障・人口問題研究所編『社会保障財源の効果分析』,東京大学出版会,2009年4月,13-35頁


社会保険料の帰着分析

(濱秋純哉と共著)国立社会保障・人口問題研究所編『社会保障財源の効果分析』,東京大学出版会,2009年4月,37-61頁


租税・社会保障制度による再分配の構造の評価

(濱秋純哉と共著)『季刊社会保障研究』,第44巻第3号,2008年12月,266-277頁(PDF file

Perspectives on Income Redistribution through Taxation and Social Security

(with Junya Hamaaki) Quarterly of Social Security Research, Vol. 44, No.3, December 2008, pp. 266-277.


長期低迷・デフレと財政

(榎本英高と共著)『経済学論集』,第74巻第2号,2008年7月,56-79頁


医療・介護保険への積立方式の導入

フィナンシャル・レビュー』,第87号,2007年9月,44-73頁(PDF file

 高齢化と少子化の進展によって増大する社会保障費用を,どのように負担するのかが大きな課題となっている。Fukui and Iwamoto (2006)は,2100年までの医療・介護費用の推計をおこない,厚生労働省の発表する見通しではカバーされない,より長期的な視野から社会保障財政の課題を分析した。そして世代ごとの生涯での保険料・総負担を推計することで,医療・介護保険を賦課方式で運営した場合には,後の世代ほど急速に負担が増加することが示されている。さらに,積立型医療・介護保険を導入した場合のシミュレーションがおこなわれている。
 Fukui and Iwamoto (2006)では,給付費を抑制する政策シミュレーションはおこなわれていない。本稿では,2005年の介護保険改革,2006年の医療制度改革によって図られた,将来の社会保障給付費の削減がFukui and Iwamoto (2006)の議論にどのような影響を与えるかを考察する。また,2006年12月に国立社会保障・人口問題研究所が公表した新しい『日本の将来推計人口』の前提のもとでの積立型医療・介護保険制度の財政状況を分析する。
 積立型の医療・介護保険制度へ移行するには,移行過程で積立金を蓄積するために,高い保険料率を課す必要があることが,実際の導入が難しい点として指摘されている。一連の医療・介護保険改革によって,移行期の保険料は医療・介護保険を合わせて,12.7%から10.51%へと減少幅で2.13%ポイント,減少率で16.8%の低下が見られた。負担があることは避けられないものの,今回の改革は上昇幅の抑制に大きな効果があるといえる。
 新しい人口推計では,少子化の一層の進展が見込まれているが,このことは医療・介護保険を均衡財政で運営した場合の保険料負担のピークを3.12%ポイント引き上げる。一方,積立方式への移行を図る改革での移行期の保険料は1.23%ポイントの上昇にとどまり,積立方式が人口変動リスクのいくらかを吸収していることがわかる。生涯負担率で見ても,新しい人口推計のもとでは,将来世代は積立方式への移行によって,より大きく負担が軽減される。
 さらに本稿では,具体的な制度設計について,事前積立をおこなう制度を個人勘定とするか,制度ごとの団体型勘定とするか,制度全体の勘定とするか,の選択肢についての検討をおこなった。政策目的が医療・介護サービスへの平等なアクセスの確保にあるので,制度のなかに強制加入で定額給付を実現するための所得再分配制度を内包する必要がある。個人勘定や団体型勘定はこのような分配をおこなうことが困難である。移行費用を抑えて制度全体の勘定を実現するには,岩本(1996)で提唱されたリスク調整をおこなう財政調整勘定が同時に事前積立をおこなう方法が考えられる。


公的金融機関の政策コストと行政コストの関係

金融研究』,第26巻第1号,2007年2月,43−72頁(PDF file
 
 本稿では,近年充実してきた特殊法人の情報開示を政策評価に活用する観点から,政府補助の会計的費用を示す概念として公表されている政策コストと行政コ ストの活用方法について検討する。前者は後者の割引現在価値に相当するが,実際に計測・公表されている両者の数値はかならずしも正の相関関係にはない。そ こで本稿では,両者の理論的関係を明示的に導き,政策コストの計算期間と融資残高で調整された変数が関係をもつことを示し,実際のデータでその関係が成立 するかどうかを検証した。2000〜2004年度の公的金融機関のデータを用いた分析では,理論的関係と整合的な結果が得られた。このことから,政策コス トと行政コストの適切な利用にはその理論的性質を正しく認識すべきこと,両者を適切に用いることによって公的金融機関の業務の性格を把握できることが示唆 される。
 さらに本稿では,行政コストを用いて,公的金融機関への政府補助の大きさを比較することで,各機関の業務の性格を特徴づける分析をおこなった。公営企業 金融公庫と国際協力銀行の国際金融勘定は傾向的に行政コストが負になっている。行政コストが正である機関では,国民生活金融公庫が低く,中小企業金融公 庫,農林漁業金融公庫が高い傾向にある。しかし,貸出金利には調達金利と営業経費が影響を与えており,財政補助の大小が直接,貸出金利の高低につながるわ けではないことが示された。

公共投資は役に立っているのか

大竹文雄編『応用経済学への誘い』,日本評論社,2005年10月,115-136頁

社会保険料の帰着分析:経済学的考察

(濱秋純哉と共著)『季刊社会保障研究』,第42巻第3号,2006年12月,204-218頁(PDF file

On the incidence of Social Insurance Contributions: An Economic Approach

(with Junya Hamaaki) Quarterly of Social Security Research, Vol. 42, No. 3, December 2006, pp. 204-218.


消費税の軽減税率適用による効率と公平のトレードオフ

(村澤知宏・湯田道生と共著)『経済分析』,第176号,2005年6月,19-41頁(PDF file

 消費税は逆進的だと見なされているため,かりに消費税率を引き上げるとすれば,必需品への軽減課税が必要だといわれることが多い。本稿は,この課題を検 討するために,所得階級別の家計の消費行動を実際のデータから推定したうえで,消費税率を現在の5% から引き上げる際に,軽減税率を導入すべきか否かを,シミュレーション分析によって検討した。
 軽減税率の導入は消費税の逆進性を緩和するが,消費財間の選択を撹乱して効率性を低下させることが理論的に予想される。この効率と公平のトレードオフは 本稿のシミュレーションによっても確認でき,社会的厚生関数で評価した場合,不平等度を回避する度合いが高まると,食料・上下水道料に軽減税率を導入する ことが望ましくなるという結果が得られた。
 シミュレーション分析でとくに注目されるのは,増税規模を違えた場合の効率と公平のトレードオフの姿である。軽減税率なしで消費税率を10%にする改革 とそれと等税収で軽減税率を導入する改革を比較すると,功利主義的な社会的厚生関数のもとでも,軽減税率を導入する政策の方がより高い社会的厚生をもたら す結果となった。しかし,増税規模がより大きいときには,不平等を回避する度合いがさほど大きくない場合には,軽減税率を導入しない方が社会的厚生は高く なる。これは,消費税率が上昇した場合には,逆進性が強まることの社会的厚生の悪化よりも軽減税率導入による消費財選択の撹乱効果の方がより大きな影響を もつことを意味しており,このような消費税の逆進性の影響が小さく現れる背景には,低所得世帯も高い貯蓄率をもつというわが国の家計行動の特徴があるもの と考えられる。したがって,従来示唆されていたような,消費税率を引き上げるにあたっては,逆進性緩和のために軽減税率の導入が必要であるという議論は留 保なく成立するものではなく,社会が不平等に対してもつ価値判断と増税規模に留意しながら論じるべき問題である。軽減税率導入の是非を判断するには,所得 階層別の税負担の状態を的確に把握し,厚生損失の影響を注意深く計測した上で,不平等に関する価値判断を明確にすることが必要である。

Since a consumption tax is regarded as regressive, the introduction of differential rates on necessities may be called for when an increase in a consumption tax is enacted. To examine this argument, we first estimated the consumption behavior of Japanese households by income group using time series data and then conducted a simulation study in which the outcome of a tax reform plan was evaluated with the social welfare.
Theoretical predictions indicate that the adoption of differential rates would alleviate the regressiveness of a consumption tax; however, it would distort the choice of the available consumer goods. The trade-off is confirmed by simulation. As the degree of inequality aversion increases, the introduction of light taxes on food, water, and sewerage becomes more desirable.
A remarkable aspect of the simulation is that, as the tax increase changes, changes in the trade-off between efficiency and equity occur. We first compared two tax reform plans that generated an equivalent amount of revenue; one raised the consumption tax to a uniform 10 percent, and the other introduced differential rates. The latter plan achieved higher welfare when the social welfare function was utilitarian. However, when the tax increase grew, not using differential rates achieved a higher welfare with a relatively small degree of inequality aversion. This is because, as the tax revenue increases, the efficiency loss from the distortion of differential rates grows more rapidly than the adverse effect of a regressive tax on social welfare. Therefore, it does not necessarily hold that, when the consumption tax is increased, differential rates should be adopted to weaken the regressiveness of the consumption tax. Whether differential rates should be introduced into the Japanese consumption tax depends on the value the society places on inequality and on the size of the tax increase. To determine whether differential rates are necessary, the tax burden of each income group should be defined, the welfare effect on the tax reform should be evaluated, and society’s value judgment on inequality should be clarified.

財政再建と望ましいポリシーミックスのあり方

貝塚啓明・財務省財務総合政策研究所編『財政赤字と日本経済』,有斐閣,2005年4月,101-124頁

公的年金の改革:民営化論を中心として

大阪大学経済学』,第54巻第4号,2005年3月,174-186頁

Should We Privatize the Public Pension?

Osaka Economic Papers, Vol. 54, No. 4, March 2005, pp. 174-186.

 This paper discusses whether the second-tier of Japanese public pension program should be privatized. If income redistribution among generations in the public pension program turns out a harmful shift of burdens to future generations, we should consider privatization as the means to prevent it. When the adverse selection problem is serious in the annuity market, the privatized pension should become "partial privatization," in which the government arranges a mandated enrollment to a privately operated plan. When the adverse selection is not a serious problem, the public pension can be completely privatized.
 The pension reform should also be consistent with an evolution of the corporate pension. Since both pension systems move towards to a defined contribution individual account, the privatized public pension should be designed as a Japanese version of 401(k) to avoid a duplication of system development.
 Sometimes the privatization is considered as difficult, because it brings"double burdens" to generations during transition periods. However, an idea of privatization should be carefully distinguished from a transformation to the fully funded system. Since the purpose of privatization is to prevent the government from doing inappropriate income redistribution, it is not logically consistent that the plan of adequate income redistribution (how to repay unfunded liabilities during transition periods) is a prerequisite for the privatization. It is necessary to distinguish a burden shift which has already been done in the past from that which will be done hereafter. The privatization is a measure to prevent the latter shift, but a remedy of the former burden shift is not a role of privatization.
 According to the discussion of the paper, the privatized public pension will take the following form. Since the privately operated public pension has to be fully funded, the income redistribution among generations is not allowed. The government-operated public pension plan is rearranged to a form that can be privatized. The employers and employees can then choose a privately operated plan or the government-operated plan (selective privatization).

「デフレの罠」脱却のための金融財政政策のシナリオ

金融研究』,第23巻第3号, 2004年10月,1-47頁(PDF file

 本稿は,ゼロ金利でデフレが継続する状態(デフレの罠)から脱却するための金融財政政策のシナリオについて理論的な整理を試みる。必要とされる政策手段 は,貨幣ファイナンスされた減税と組み合わせた将来の貨幣成長へのコミットメントと金利の引上げである。必要とされる減税額はインフレ率(名目金利)の上 昇による中央銀行納付金の増加額に対応しており,財政当局は政府負債とプライマリー・バランスを安定化させる財政規律を維持する。価格が伸縮的でない場合 は,所得の一時的低下が生じるが,これはデフレを解消するために支払わなければならない対価である。
 現状の量的緩和政策へのコミットメントは,自然利子率の低下が一時的に生じていることを前提にしたものである。しかし,現状がデフレの罠であるとした ら,ゼロ金利の継続はデフレ期待と整合的になり,永遠にデフレから脱却できないかもしれない。自然利子率が正値であると判断できる環境になってもデフレが 継続するようであれば,デフレの罠での政策シナリオの適用を考えるべきであろう。その意味で,現行の政策スタンスの解除条件については,消費者物価指数の 安定的な上昇のみならず実質GDPの動向にも配慮する必要があると考えられる。


人口高齢化と社会保障

フィナンシャル・レビュー』,第72号,2004年8月,58-77頁(PDF file

 持続可能な社会保障制度を議論する際には,50年から100年規模の時間的視野をもつ,経済と人口の長期的な予測が必要とされるが,これだけの長期を確 実に見通すことは非常に困難である。このような不確実性が存在することを考慮した上で将来の見通しを立てて,適切な政策的対応をおこなうことが必要とされ るが,現実にはこのようなことが実践されているとはいいがたい。
 本稿では,このような現状を踏まえ,将来の不確実性への対応という視点から,政府の将来見通し,経済理論に基づくシミュレーション分析,社会保障制度改 革の考え方について,現状の問題点と改善策について検討する。その際に本稿では,将来を予測する精緻なモデルを構築するのではなく,人口変動以外の要因を 現状に等しく外生的に与えるという「機械的推計」を議論の軸とし,具体的には,労働力人口,経済成長,医療・介護費用の機械的推計をおこなう。機械的推計 では,変数間の関係が理解しやすく,それと政府による見通しや内生的に決定される変数を増やした経済分析と比較することで,政府の見通しや経済分析がどの ような想定を置き,どのような特徴があるのかを明らかにすることができる。
 本稿での考察は,以下の通りである。
 政府で作成される見通しについては,点推定のみが示され,不確実性に対する配慮が足りないことや,各機関の見通しの前提が整合性をもたず,全体を見渡す とちぐはぐなものとなっていることが問題点として指摘できる。また,人口高齢化の進展は経済成長には深刻な負の影響をもたらすにもかかわらず,楽観的なシ ナリオをとろうとする傾向があることが示される。一方,医療・介護費用については,厚生労働省による推計は悲観的なものになっている。
 また,不確実な状態にどのように政策的対応を図るかという観点から,公的年金,医療・介護保険の骨格に関する改革の方向性を提示する。医療・介護保険で は,予測される将来の費用の増加に対しては,事前貯蓄することが必要であり,そのための手段には医療・介護保険を積立型にするか,積立方式の年金から高齢 者のリスクに応じた医療・介護保険料を支払うことが考えられる。公的年金については,1階部分を賦課方式で,2階部分を積立方式で運営することが適当であ ることが主張される。
 また,予測できなかったリスクの顕在化に対しては,世代間のリスク分散によって対応することが望ましい。積立型医療・介護保険のもとでは,医療・介護費 用を積立金で支払うことができなくなったときには,一般会計から差額を補填する。年金から保険料を支払う場合にも,医療保険料を積立金で支払えないときに は,差額を一般会計で支払うこととする。公的年金の1階部分には最低保証を設定し,賦課方式で算定された年金給付が最低保証額を下回った場合には,現役世 代から追加的な保険料か,一般会計からの移転で最低保証額と年金給付の差額をまかなう仕組みとする。


財政政策の役割に関する理論的整理

フィナンシャル・レビュー』,第63号,2002年7月,8-28頁(PDF file

 本稿では,マクロ経済政策として財政政策が果たすべき役割について,財政収支,財政支出,公債の負担という3つの基本的な論点からの検討をおこな う。
 まずU節では,財政収支と景気循環の関係に着目して,均衡財政,積極財政,自動安定化装置の3つの立場を対比させて,経済安定化のための財政政策のあり 方を整理した。このうち均衡財政は好況期に経済を刺激し,不況期に抑制的に働くことから,経済をむしろ不安定化させるため,好ましくない影響をもたらす。 したがって,後2者が示唆するように,不況期には赤字財政で景気を刺激し,好況期の黒字財政で国債を償還し,中長期的な財政の持続可能性を維持するような 運営が望ましい。しかし,わが国の経験を振り返ると,1970年代以降は構造的財政赤字が累増する傾向にあった。その背景には,財政の意思決定が合理的に はおこなわれず,経済成長の鈍化に起因する財政赤字を解消することが先送りされたことがあった。意思決定が合理的でない場合には,積極財政に基づく財政運 営は,財政赤字の持続傾向をもたらすことが難点である。持続可能な財政運営を維持するには,1980年代の財政再建のような特別の取り組みが必要とされ る。
 V節では,不況期に需要創出のために財政支出を積極的におこなうべきかどうかを検討する。失業者を雇用することの社会的費用をゼロと見なし,不況期には 失業者を活用して積極的に財政支出を拡大すべきという考え方は,社会的費用を過小評価している。財政支出を合理的におこなうためには,費用便益分析に基づ いた意思決定が必要で,第1次近似としては,好況期と不況期で支出の意思決定を大きく変更する必要はない。
 W節では,不況期の公債発行が将来世代の負担となるか否かを検討する。将来時点に公債の償還財源を増税によって負担する世代が,もし不況期の拡張政策に よる所得増に恵まれれば,将来世代の負担は発生しない。しかし,この将来世代の所得増が必然的に生じることは保証されず,不況期の公債発行も将来世代の負 担増になると考えるのが妥当である。
 以上の考察から,ケインズ的な積極財政の運営には難点があり,財政による経済安定化の役割は自動安定化装置に限定して,積極的な安定化政策は金融政策が 主役となるのが望ましい政策割り当てであると考えられる。財政支出の意思決定は景気循環に左右されず,正しく経済厚生の向上に役立つように使われるよう に,規律を求めていくことが最も重要である。


高齢者医療保険制度の改革

日本経済研究』,第44号,2002年3月,1-21頁

Reform of Health Insurance for the Elderly

JCER Economic Journal, No. 44, March 2002, pp. 1-21.

 本稿では,将来の医療費増加に対してどのように対処するかという視点から,高齢者医療保険制度の望ましいあり方について検討する。医療費増加に対 処する最善の医療保険の形態は,予期された医療費の変動には個人が対処し,予期されない変動には世代間リスク分散で対処する積立型長期保険である。しか し,民間保険でも公的保険でもこれを達成することは困難である。実現可能な次善の形態としては,現状の医療保険と民営化された医療保険の2つがあるが,民 営化の得失は明確でなく,現状の医療保険の形態に留まることが妥当である。
 また,世代間の所得再分配で高齢者医療費を調達することは世代間のリスク分散を目的とした保険と解釈することができる。したがって,望ましい高齢者医療 保険制度の改革の方向は,岩本(1998)の提言にあるような,全制度を対象としたリスク調整をおこなうことである。そのつぎの段階として,人口高齢化から予想される医療費 に対して事前に積立のできる医療保険制度に転換する方法が考えられるべきである。


政府統治理論から見た行政改革

『政府統治の研究』,国際高等研究所,2001年6月,5-17頁

同居選択における所得の影響

(福井唯嗣と共著)『日本経済研究』,第42号,2001年3月,21-43頁

The Effect of Incomes on Living Arrangements

(with Tadashi Fukui) JCER Economic Journal, No. 42, March 2001, pp. 21-43.

 高齢者とその子との同居の決定要因について,まだ未解明のままのこされている要因のひとつは,子の経済状態である。この影響がこれまで未解明なの は,世帯を無作為抽出した調査から得られたデータでは,同居する世帯員に関する情報は得られても,別居する子の経済状態についての情報が得られなかったた めである。本稿では,観察される親の属性で子の所得を説明するモデルを構築し,別居した子の所得を推定することにより,この問題点を克服して,親子の所得 が同居選択に与える影響を考察する。
 『国民生活基礎調査』を用いた実証分析で,以下の結果が得られた。親の所得が高いほど,別居が選択される。高所得者ほど,同居によるプライバシーの減少 から生じる負担が,同居から発生する規模の利益を上回る傾向にあるものと考えられる。一方,子の所得については,親が夫婦の場合は子の所得が高いほど別居 が選択される傾向にあるが、単身の場合では有意な影響は見られない。高齢者が夫婦の場合には経済的要因が強く働いているが,単身高齢者の同居については経 済的要因以外の要素が働いていることが示唆される。


世帯構成員の長期療養に起因する経済厚生の損失について: 要介護者と寝たきりの経済的コスト−

小原美紀斉藤誠と共著)『季刊社会保障研究』,第36巻第4号,2001年3月,547-560頁(PDF file

On the Welfare Loss of Families with Members in Need of Long-Term Nursing Care

(with Miki Kohara and Makoto Saito) Quarterly of Social Security Research, Vol. 36, No. 4, March 2001, pp. 547-560.


日本の財政投融資

経済研究』,第52巻第1号,2001年1月,2-15頁

Fiscal Investment and Loan Program: A Perspective on Government Interventions in the Japanese Financial Sector

Economic Review, Vol. 52, No. 1, January 2001, pp. 2-15.

 本稿は,わが国の財投制度に関する経済分析の現状の到達点を評価し,将来の展望をおこなう。財投の論点を,目的の妥当性,手段の妥当性,手段の有 効性に階層的に分類する視点を導入したことが特色である。
 金融自由化の進展によって,金融活動において政府の果たすべき役割は変質・縮小してきたと考えられる。現在では,財投が政策目的として正当化できるの は,民間では不可能なリスク負担,貸出市場での情報格差への対処にしぼられてきた。
 手段の妥当性に関して,公的金融機関による直接融資がなぜ望ましいかの検討がさらに進められるべきであろう。とくに実証研究の蓄積が足りず,今後の発展 が待たれる。
 公的金融の情報生産機能に関する実証研究が最近多数現われた。開銀については,現在の争点は政策目的自体にあると考えられる。中小企業金融については, 非対称情報のある貸出市場の理論分析とより結びついて,手段の選択にまで視野を広げた実証分析がおこなわれることが望まれる。


要介護者の発生にともなう家族の就業形態の変化

季刊社会保障研究』,第36巻第3号,2000年12月,321-227頁(PDF file

How Does the Provision of Home Care Affect the Labor Force Participation of Family Members?

Quarterly of Social Security Research, Vol. 36, No. 3, December 2000, pp. 321-227.

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ライフサイクルから見た不平等度

国立・社会保障人口問題研究所編『家族・世帯の変容と生活保障機能』,東京大学出版会,2000年9月,75-94頁

National Institute of Population and Social Security Research ed., Changing Functions of Families and Households: Special Attention to the Safety Net for the Japanese Elderly, University of Tokyo Press, 2000, pp. 75-94.


健康と所得

国立・社会保障人口問題研究所編『家族・世帯の変容と生活保障機能』,東京大学出版会,2000年9月,95-117頁

National Institute of Population and Social Security Research ed., Changing Functions of Families and Households: Special Attention to the Safety Net for the Japanese Elderly, University of Tokyo Press, 2000, pp. 95-117.

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「国民生活基礎調査」による疑似パネルデータ:1989-1995年

国立・社会保障人口問題研究所編『家族・世帯の変容と生活保障機能』,東京大学出版会,2000年9月,329-356頁

National Institute of Population and Social Security Research ed., Changing Functions of Families and Households: Special Attention to the Safety Net for the Japanese Elderly, University of Tokyo Press, 2000, pp. 329-356.


在職老齢年金制度と高齢者の就業行動

季刊社会保障研究』,第35巻第4号,2000年3月,364-376頁(PDF file

The Social Security Earnings Test and Labor Supply of the Elderly

Quarterly of Social Security Research, Vol. 35, No. 4, March 2000, pp. 364-376.

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財投債と財投機関債

フィナンシャル・レビュー』,第47号,1998年10月,134-153 頁(PDF file

 財政投融資の改革のなかで,財投機関の資金調達の方法として財投債と財投機関債の2つの方法が提案されており,優劣の決着を見ていない。本稿は, 社会資本を供給する財投機関への規律づけの観点から,2つの資金調達方法の機能を比較する。両者の違いは,政府保証の有無にあることから,資本構成の違い が企業を規律づけるとする企業金融理論の発展を応用することができる。しかし,財投機関に対しては,(1)政府が所有権を保有しなければならない,(2) 政府からの補助金の存在によりソフトな予算制約の問題をもつ,という特徴がある。この2つの特徴を考慮にいれて,不完備契約の理論の発展を受けて進展して きた規律づけの議論を拡張して,モデル分析をおこなう。
 第1のモデルでは,準公共財型社会資本の供給について,納税者がその社会的便益を正確に知らない場合には,政府が実際よりも大きな便益を生むといつわっ て,必要以上の補助金を支出することによって,過大な公共投資が発生する状態を考察した。もし財投債で資金調達する場合に,こうした補助金の支出が可能な らば,財投機関債の場合にも同額の補助金を獲得することができない理由はない。したがって,財投機関債購入者が正確な社会資本の便益を知ったとしても,政 府は債務不履行が生じないように補助金を支出することによって,投資を実行することができる。
 第2のモデルでは,公的関与が必要な条件のもとで,経営努力へのインセンティブの与え方に注目した。現行制度および財投債で資金調達した場合には,ソフ トな予算制約の問題で,経営者には努力インセンティブがまったく与えられない。財投機関債によって資金調達した場合には,経営破綻した場合にしか,資金供 給者側にはインセンティブが与えられない。しかし,よほどの事情がない限り,政府および機関債購入者はともにできるだけ経営破綻を避けようと行動する。し たがって,財投機関債によって資金調達した場合にも,財投債と同じ帰結となり,財投機関債発行の独自の意義は存在しない。
 両者のモデルを綜合すると,財投機関債の利点と考えられている特長は現実には機能せず,財投債と同じ帰結におわる可能性が高い。政府の失敗は,市場の規 律づけを粉砕してしまうほど強力である。適正な公共投資への資源配分をおこなうために重要なことは,政府を経由せずに市場でおこなうことではなく,たとえ 困難が多くても政府の失敗を是正するよう努力することである。


2020年の労働力人口

経済研究』, 第49巻第4号,1998年10月,297-307頁

Japan's Labor Force in the Year 2020

Economic Review, Vol. 49, No. 4, October 1998, pp.297-307

  This paper discusses the future decline of the labor force in Japan and the efficacy of policies to tack it through raising the rate of labor force participation. Consensus estimates of macroeconomic consequences are derived from the behavioral parameters obtained from existing studies using micro data. Given that the current institutional and policy conditions unchanged, the decline of the labor force from 2000 to 2020 amounts to about 6 million. Doubling the capacity of nursery schools can create 300 to 600 thousand new working mothers. Raising the age of eligibility for public pension to age 65 can bring 300 thousand new elderly male workers into the labor force.


生命保険業の産業組織の再検討

(古家潤子と共著)『郵政研究レヴュー』,第8号,1998年3月,81-106頁

A Reappraisal of the Industrial Organization of Japanese Life Insurance Companies

(with Junko Koie) IPTP Review, No. 8, March 1998, pp.81-106

 本稿では,わが国の生命保険業における,規模の経済と「護送船団行政」の存在を検証する。1979年から1994年度までの21社のパネルデータ による分析では,従来の研究よりも大きな規模の弾性値が確認された。従来の研究は,保護行政による準地代を大会社の配当あるいは剰余から検出しようとした が,配当が横並びで決定されるならば,準地代は含み益に反映されると考えられる。そこで,含み益を説明する回帰をおこなったことろ,規模の正の効果が確認 された。


財政投融資と社会資本整備

岩田一政・深尾光洋編『財政投融資の経済分析』(シリーズ現代経済研究15),日本経済新聞社, 1998年1月 ,147-174頁

医療保険財政と公費負担

(竹下智・別所正と共著)『フィナンシャ ル・レビュー』,第43号,1997年 11月,174-201頁(PDF file

 わが国の公的医療保険は,複数の制度が縦割りで国民をカバーする多元的制度となっている。この制度の間で財政状態の大きな格差があり,給付と負担 の制度間格差と財政状態の悪い制度への財政補助(公費負担)が存在している。社会保障構造改革・財政構造改革のなかで医療保険制度をどのように改革するべ きかを考えるにあたって,なぜ制度によって財政格差が発生しているか,公費負担はどのような役割を果しているのか,を理解することが必要である。
 本稿の目的は,現行の医療保険制度の機能を財政面からとらえ,制度間の医療費格差,保険料負担格差の実態と原因,公費負担と財政調整の機能を分析するこ とにある。そのために,1992年度の財政資料をもとに,制度別に加入者1人当たりの医療費,保険料,公費負担額,財政調整額を推計する作業をおこなう。
 本稿で得られる結論は以下のように要約される。
(1) 医療費の制度間格差のほとんどは,各保険制度の加入者の年齢構成の違いによって生じている。全国平均の年齢階層別1人当たり医療費を用いて,組合 健保と国保(一般)の医療費を年齢要因で説明すると,格差の93.3%を説明できる。
(2) 加入者1人当たり保険料の負担格差は被保険者の所得格差によって生じている。国保には高齢者の加入者が多いが,このことが負担率を低下させている 部分は,制度間の不公平とは考えられない。そこで高齢者を除外した国保加入者の負担率(保険料/所得)を推計したところ,6.2〜6.4%の範囲にあると 考えられる。一方,政管健保の負担率は6.6%,組合健保のそれは6%となった。捕捉された所得を前提にすると,国保・健保間の負担率格差はわずかである といえる。
(3) 医療費と保険料の制度間格差を相殺しているのが,制度間財政調整と公費負担である。公的負担の性格は2つある。第1は,老人保健に代表される年齢 構成の違いによる医療費格差に対処する目的である。第2は,保険料の負担能力格差に対処するためで,国保と政管健保への補助がこれにあたる。これらの点か ら,公的負担は,「弱者保護」の性格をもつものといえるが,保険制度別に適用されていることから,適切に弱者に照準を合わせた補助とはなっていない可能性 もありえる。


社会資本の生産性と公共投資の地域間配分

(大内聡・竹下智・別所正と共著)『フィ ナンシャル・レビュー』,第41号, 1996年12月,27-52頁(PDF file

 社会資本を生産要素に含む生産関数を推定することによって,社会資本の生産性を計測する研究が近年,多数おこなわれるようになった。そこで大きな 問題点と して指摘されているのは,社会資本がある政策に沿っておこなわれる内生変数であるという同時性の問題である。地域経済データでは,公共投資の地域配分に関 す る政策的意図が働き,この同時性の問題はとくに深刻であると考えられる。公共投資政策が所得再分配を意図しておこなわれるときに,単純な回帰分析をおこな う と,社会資本の生産性の推定に負の偏りをもたらすことになる。しかし,社会資本から所得への方向の影響を見た社会資本の生産性の研究と,所得から社会資本 へ の影響を見た公共投資の地域配分の研究との関連付けは,これまでのことろ十分ではなかった。本稿は,この両者の掛け橋として,社会資本の生産性の計測にお け る同時性の問題の影響について検討する。
 まず,「同時性」の問題の確認として,都道府県データを用いて社会資本の生産性を計測した,浅子他(1994),三井・竹澤・河内(1995)のデータ を用いて,タ イムトレンドを任意の関数形で表現できるように一般化して推定をおこなったところ,社会資本の係数は有意に負となるという結果を得た。額面通りに社会資本 の 生産性が負であるということは想像しがたく,この結果は,同時性による負の推定の偏りによって生じたと考えるのが自然である。したがって,ここでの推定結 果 は,公共投資の地域間配分の目的が所得の地域間格差の是正にあったことの有力な証拠であると考えられる。
 つぎに,同時性の問題に対処した,社会資本の生産性の計測方法を検討した。この問題への通常の計量経済学的対処法は操作変数法の適用であるが,公共投資 政 策の意図と相関をもたない操作変数を求めることは大変に困難であると考えられる。そこで,本稿では,@政策に影響を与える要因を地域ダミー変数としてとら え る方法と,Aサンプルを性質の似通ったグループにまとめて推定する方法を考察した。
 @の方法は,パネルデータによる分析での2方向固定効果モデルとなる。この定式化のもとでは,三井他(1995)のデータによる,1966年から 1984年までの推定 結果では,社会資本の正の生産力効果が検出された。しかし,サンプルを分割すると,サンプル前期では正の生産力効果が検出されたが,後期ではその効果が観 察 されなかった。
 この現象の原因には,公共投資の政策的意図の時間的変化があると考えられる。わが国の公共投資の地域間配分では,60年代は効率が重視されていたが, 70代 以降は地域間格差の是正が重視されたと見ることができる。この事実の証拠としては,60年代半ばには,民間資本と社会資本の正の相関があったが,70年代 には その相関が薄まり,80年代には,逆に負の相関をもつようになったことが挙げられる。これは,低所得県の方が社会資本の伸び率が高かったという事実を反映 し たものである。
 Aでは,@で推定された地域ダミー変数の大きさで,3グループに分割する方法と,産業別の生産関数を推定する方法をおこなった。
 地域ダミー変数は生産要素投入量では説明できない生産性の地域間格差を表しており,公共投資の地域間配分の政策的意図と関連をもつと考えることができ る。 都道府県をこのダミー変数の値により,3グループに分割したところ,前期では,正の生産性が観察されるが,後期では正の生産性は観察されないことが示され た。
 また,地域経済の産業構造が公共投資政策に影響を与えることが考えられる。産業別の生産を説明変数とした場合,社会資本の生産性のあらわれ方は,産業に よ ってことなることがわかった。第1次産業では,後期に正の生産性が観察され,後期の公共投資政策は第1次産業の発展に一定の寄与をしたと考えられる。第2 次 産業については,前・後期どちらでも正の生産性は観察されなかった。第3次産業への貢献は前期・後期ともに観察された。
 地域経済を1部門経済ととらえるデータでは,社会資本の生産性の計測は十分な精度を保持できないと考えられる。今後の研究では,より細分化されたデータ を 用いた分析が必要である。


試案・医療保険制度一元化

日本経済研究』,第33号,1996年11月, 119-142頁

Designing an Integration of Health Insurance Groups

JCER Economic Journal, No. 33, November 1996, pp.119-142

八田達夫・ 八代尚宏編『社会保険改革』(シリーズ現代経済研究16),日本経済新聞社, 1998年5月,155-179頁に収録)

 現在の公的医療保険制度では,制度間の負担・給付・財政状態の格差が深刻な問題になっている。これは被保険者集団の設計の問題(加入者の年齢構成 と所得水準の違い)により引き起こされている。「国民皆保険」の実現のために保険者の加入者選択権がないことから,制度間格差は個別保険者の努力では回避 できない問題である。保険原理からは,こうした危険は制度全体でプールすべきである。本稿では,そのための医療保険制度一元化の試案を提示する。
 試案の特徴は2つある。@多元的制度のもとで財政調整により,実質的な一元化を実現する。現状の保険制度を利用することで,移行費用を小さくすることが ねらいである。A全体でプールする危険と各保険者で負担する危険を区別する(部分的な危険のプール)。個別保険者の行動に依存する危険は,各保険者で吸収 することにより,財政改善の誘因を与え,完全な一元化制度のもつ障害を回避する。


公的生命保険としての遺族年金の役割

(古家康博と共著)『郵政研究レヴュー』,第7号,1996 年7月,97-124頁

The Role of Survivor Benefits as Public Life Insurance

(with Yasuhiro Koie) IPTP Review, No. 7, July 1996, pp.97-124

 本稿は,首都圏に居住する約1,300世帯のマイクロデータを用い,遺贈性向(世帯の総資産に占める遺贈可能資産の割合)の決定要因を検討する。  サンプル全体での遺贈性向は,ゼロの近辺と0.4の近辺にそれぞれ山を持つ双方分布になる。 このような分布になる理由は,公的年金制度のなかの遺族年 金の存在によるところが大きい。 遺族年金を説明変数に含む生命保険需要関数を推計したところ,1万円の遺族年金現価に対して,約1,300円の生命保険 需要が減少する。 この代替関係の大きさは遺族年金以外の非人的資産と生命保険の代替関係とほぼ同じものである。


世帯の遺贈性向の決定要因

(古家康博と共著)高山憲之・チャールズ=ユウジ=ホリ オカ・太田清編『高齢化社会の貯蓄と遺産・相続』(郵政研究所研究叢書),日本評論社,1996年4月,226-245頁

遺贈可能資産の調整行動と生命保険需要

(古家康博と共著)高山憲之・チャールズ=ユウジ=ホリ オカ・太田清編『高齢化社会の貯蓄と遺産・相続』(郵政研究所研究叢書),日本評論社,1996年4月,2247-262頁

財政赤字と世代会計

(尾崎哲・前川裕貴と共著)『フィナンシャル・レビュー』,第39号,1996年3月,64-87頁(PDF file

 本稿は,財政赤字の恣意性の問題と,その問題を克服する代替的指標として提唱されている世代会計の異議と限界を検討している。 
 財政赤字は深刻な政策問題であるが,最近では,@さまざまな種類の財政赤字の計測方法が存在し,しかもそれらの数値の違いが無視できないほど大きい,A 公式の財政赤字の数値が恣意的に変更させられた,という財政赤字の概念自体をめぐる混乱が生じている。 
 後者の問題については,財政赤字の数値は,ある種の会計操作によってほぼ自在に変更することが可能であり,そのための手段として,@政府部門の範囲を操 作し,ある部門の収支を会計から除外する,A本来負債項目であるものを負債に計上しない,方法がある。 
 Kotlikoff(1992)は,財政赤字が財政政策のスタンスを示す適切な指標ではないことを主張し,それにかかわる財政政策の指標として,世代会 計を提唱している。 世代会計は,出生年齢別の各世代の生涯にわたる政府からの純受益額の現在価格(世代勘定)を計測するものである。 消費者の行動がラ イフサイクル仮説によって説明できるならば,世代会計は政策の影響を適切に表現する唯一の指標である。 
 世代会計を用いるときの注意点として,以下のような事項を指摘できる。
@ 世代勘定は,現在から将来への純負担額に関心を持ち,過去に遡及されていないので,世代間の比較が意味を持つのは,0歳世代と将来世代の間のみであ る。過去に遡及し生涯の純負担額を計測した生涯純税率は,この問題を修正している。
A 世代会計では将来についての想定が必要であり,ここでの仮定の置き方に恣意性が入り込む余地があり,政治的操作が可能になる恐れがある。
B 伝統的財政赤字および世代会計を正確に計測するためには,政府活動,政府資産の範囲を正確に定めなければならない。 伝統的財政赤字がこの点で混乱し ているとすれば,世代会計も同じ問題に直面する。
C 消費者行動がライフサイクル仮説によって説明できるならば,世代会計は財政政策の影響を表現するのに適切な指標となるが,消費者が流動性制約に直面し ている場合には,むしろ伝統的赤字の方が,適切な指標となる。
 このような問題点を理解したうえで世代会計を利用するならば,民主主義政府の意思決定がおちいりやすい問題点(問題解決を先送りにし,将来世代につけを 回す)を明瞭に映し出すことができる有効な概念であると考えられる。


『家計調査』と『国民経済計算』における家計貯蓄率動向の乖離について(2):ミクロデータとマクロデータの整合性

(尾崎哲・前川裕貴と共著) 『フィナン シャル・レビュー』,第37号,1996年1月,82-112頁(PDF file

 『国民経済計算』の家計貯蓄率は1981年以降低下傾向にあるが,『家計調査』勤労者世帯黒字率は逆に上昇傾向にあり,1990年には両計数の乖 離は10.6%ポイントに達した。 この乖離は,両統計のどちらかあるいは両方がわが国の家計貯蓄の「真」の姿をとらえていないことにあると考えられる。われわれは,乖離の原因を以下の4種類に分類する。
 @ 『家調』とSNAの統計の概念に差異がある。 
 A 『家調』の標本に,何らかの問題がある。
 B 『家調』に,回答上の誤差の問題がある。
 C SNAの推定に,何等かの問題がある。
@とAを検討した岩本・尾崎・前川(1995)で,以下のような結論を得た。『家調』とSNAの貯蓄率の乖離のなかで,両統計の概念の違いによって説明されるのは約 4割程度で,『家調』で勤労者世帯のみが対象になっていることによって説明される上限値は2割強であると見積もられる。したがって,乖離の約3分の1はこ れら2つの要因では説明がつかず,なおかつ81年以降の逆方向への動きについての説明力をもたない。
 本稿では,BとCの原因を検討する。『家調』の貯蓄率が大きくなるような統計の問題点としては,
 @ SNAの所得が過小である 
 A 『家調』の所得が過大である 
 B SNAの消費が過大である 
 C 『家調』の消費が過小である
 の4つの可能性が考えられる。 
 まず,本稿では,世帯調査データをSNAと整合的になるように集計した,世帯の収入と支出の年次データを構成し(これを「世帯調査集計値」と呼ぶ),SNA計数と比較した。収入の世帯調査集計値のSNAの対応物に対する比率(「カバー率」と呼ぶ)は,8割弱の水準で推移しているが,消費のカバー率は 76年の81%から90年の68%まで低下してきている。『家調』の貯蓄率がSNAのそれよりも高いことの「表面的」原因は,消費のカバー率が収入のカ バー率よりも低いことであり,貯蓄率の乖離が拡大しているのは,消費のカバー率が低下していることによる。また,統計の問題点の@とAの可能性では世帯 調査集計値の所得がSNAのそれよりも大きいことを意味するので,ここで観察されたカバー率の関係と両立せず,所得ではなく消費の側に本質的な問題があ る。
 さらに項目ごとの検討を加え,次のような結果を得た。 
(1) 収入項目については,『家調』の側に,記入もれ等による回答誤差が大きいと考えられる。カバー率の低い収入項目については,SNAが過大推計したと考えるよりも『家調』の記入もれが起こりやすいと考えるほうが説得的である。 また,SNAの雇用者所得,法人企業所得,個人企業所得を税務統計と比 較してみたが,貯蓄率乖離に結び付くだけの大きな乖離は見られなかった。
(2) 消費項目については,『家調』の記入もれの可能性がある。 しかし,SNAの推計に問題がないことは完全には証明できていない。 消費支出を8項 目に分割して,カバー率の変化の寄与度を計測したところ,カバー率の低い「その他」のシェアが増加したこと,食料関係の支出のカバー率が低下したことが, もっとも大きな影響を持ったことがわかった。
(3) 資産純増額を『貯蓄動向調査』とSNAまたは『資金循環勘定』とについて比較したが,世帯調査が過小に計上されていると考えられる。 しかし,金 融資産純増額の可処分所得比は,SNAと世帯調査の間で大きな乖離がなく安定している。 これは,世帯調査側の記入もれが分母,分子ともにほぼ同水準で安 定的であることによる。
(4) 貯蓄率乖離の拡大を表面的に説明するのは,世帯調査集計値のカバー率の低下である。 根源的な説明は,世帯調査の精度の低下である可能性が高い。  ただし,89年前後の乖離の拡大には,SNAの土地売却の増加が表面的に貢献しているように見られる。 これに対する整合的で根源的な説明は,残念なが ら本稿では与えられなかった。


国際資本移動と租税協調

岩田一政・ 深尾光洋編『経済制度の国際的調整』(シリーズ現代経済研究11),日本経済新 聞社,1995年12月,247-281頁

中小企業保護

八田達夫・八代尚宏 編『「弱者」保護政策の経済分析』(シリーズ現代経済研究10),日本経済新聞 社,1995年10月,11-50頁

利子・配当課税の評価と課題

(藤島雄一・秋山典文と共著)『フィナン シャル・レビュー』,第35号,1995年5月,27-50頁(PDF file

 本稿は,1980年から1992年までの,わが国の利子・配当課税の「実効税率」(effective tax rate) を計測するとともに,中曽根・竹下両政権時の税制改革の家計貯蓄への影響を検証する。
  中曽根・竹下両政権時の抜本的税制改革においては,個人的資産所得課税について,1988年にはマル優をはじめとする非課税制度の廃止や一律分離課税 制度の導入といった利子課税の改革が行われ,1989年には株式譲渡益の課税原則の非課税から課税への転換という改革がおこなわれた。しかし,わが国の利 子・配当・譲渡所得への課税は,形態に応じて異なった課税制度が適用されたり,納税者の選択が可能であったりして,表面的な制度上の税率を見ただけでは, 税制のもつ撹乱効果十分に捉えられない。1988年のマル優廃止後も,高齢社のための非課税制度や勤労者財産形成貯蓄制度が存続しているため,改革によっ て利子所得率が20%になったと単純に考えるのは正しくない。「実効税率」とは,貯蓄誘因に対する税制の撹乱の影響を計測するための概念であり,異なった 制度が適用される所得ごとにその限界税率を求め,それを所得のシェアによって平均することによって求められる。 本稿では,税制改革期に,利子・配当所得 に対する実効税率がどのように変動したのかを把握する。 
 つぎに,1988年の利子課税改革が世帯の貯蓄・資産選択行動にどのような影響を与えたかを検証する。集計された時系列データを使用するときには,税制 改革と同時期に生じたその他の外生的要因の変化の影響を区別することに困難がともなう。この問題を回避するために,本稿は,利子課税改革は世帯属性によっ てその影響が異なり得ることに着目して,世帯階層の同時点の貯蓄行動を比較することによって,税制の貯蓄への影響を検証することを試みる。
 本稿の主要な結論をまとめると以下のようにである。 
(1) 利子所得への実効税率は,1988年改革により,大きく変化した。 改革以前では,80%弱の利子所得が少額貯蓄非課税制度の適用を受け,20% 強の利子所得が22%から26%の税率で源泉分離課税の適用を受け,総合的な実効税率は,5%台を中心として推移してきた。 改革後は,非課税となる利子 所録のシェアは20%弱までに低下して,総合的な実効税率は,15%前後の数値に上昇した。 総合課税される利子所得は無視できるシェアであり,実効税率 の動向にはほとんど影響をもたない。 
(2) 配当所得の実効税率は,80年代には約30%程度で推移してきたが,所得税率の引き下げの影響から,最近は,25%から27%の水準にある。約7 割の配当所得は20%の税率で源泉分離されている。 総合課税される配当所得の割合は20%台の水準で変動しており,その限界税率は約48%である。国税 35%(地方税の限界税率は約13%と推定される)の源泉分離課税の適用を受ける配当所得は最近では2%を切るようになった。 
(3) 利子課税改革による実効税率の変化が個人の貯蓄行動に影響を与えるかを,高齢世帯と高所得世帯に注目して検証した。改革後も引き続き非課税貯蓄を 利用できる高齢世帯は,実効税率の変化の影響を受けたその他世帯に比較して,利子所得を生む資産を相対的に増加させていることが観察できる。一方,改革前 でも非課税制度の恩恵をあまり受けられない高所得世帯に比べて,実効税率の変化の影響を受けたその他の世帯は利子所得を産む資産の保有を相対的に減少させ たという証拠は得られなかった。 以上から,高齢世帯については,実効税率に反応したという仮説が支持されるが,高所得世帯については,そのような現象は 観察できなかった。


『家計調査』と『国民経済計算』における家計貯蓄率動向の乖離について(1):概念の相違と標本の偏りの問題の検討

(尾崎哲・前川裕貴と共著)『フィナン シャル・レビュー』,第35号,1995年5月,51-82頁(PDF file

 『国民経済計算』の家計貯蓄率は1981年以降低下傾向にあるが,『家計調査』の勤労者世帯黒字率は逆に上昇傾向にあり,1990年には両計数の 乖離は10.6%ポイントに達した。本稿とこれに続く研究は,この乖離の原因は何か,を検討する。この乖離は,両統計のどちらかあるいは両方がわが国の家計貯蓄の「真」の姿をとらえていない ことにあると考えられる。われわれは,乖離の原因を以下の4種類に分類する。
 @ 『家調』とSNAの統計の概念に差異がある。
 A 『家調』の標本に,何らかの問題がある。 
 B 『家調』に,回答上の誤差の問題がある。 
 C SNAの推定に,何らかの問題がある。 
 本稿では,@とAの原因に焦点を当て,これに続く論文でBとC原因を検討する。
 @の原因については,これまでの研究成果を整理・対照させることによって,どの概念調整の項目の影響が大きいかを明らかにするとともに,われわれの方法 による概念調整の数値を提供した。 乖離幅を大きく縮小する項目は,持ち家の帰属家賃と負債の支払利子の扱いである。しかし,その他の項目では逆に乖離を 拡大する要因もある。 われわれの調整では,両統計の概念の相違は,乖離の4割程度(最大では4.9%ポイント)を説明する。
 Aの原因については,『家調』データの問題点として指摘されている仮説を検討した。これらの仮説は,勤労者世帯以外の行動に乖離の説明を「しわよせ」す る点で,共通している。 「しわよせ」理論の説明力を検討してみたところ,以下のような結果が得られた。 
 SNAの家計貯蓄率計数と整合的になるように,『家調』の一般世帯の貯蓄率の値を逆算してみると,その貯蓄率は10年間に30%ポイントも低下しなけれ ばならないという結果が得られた。 一般世帯の貯蓄率がそこまで低くなるためには,非消費支出が年間収入の4割以上という高水準になければならない。 こ うした非消費支出の割合が発生しているとは考えにくい。 
 『家調』では,1989年から無職世帯の貯蓄率が調査されはじめた。 これで見ると,無職世帯の貯蓄率は,−10.6%から−22%という低水準にあ り,勤労者世帯と無職世帯を合わせると,家計貯蓄率は3−3.6ポイント程度低下する。 その他,自営業世帯,農家世帯,単身者世帯を考慮に入れていない ことは,乖離をほとんど説明することができない。 調査対象世帯に標本の偏りがあるとの考えに基ずき,世帯主の職業,住居の所有関係の分布を修正しても, 貯蓄率は1%ポイントも上昇しない。 逆に,世帯当たり有業人員の分布を修正すると,貯蓄率は最大1%ポイント程度上昇する。
 結論としては,『家調』とSNAの貯蓄率の乖離の中で,両統計の概念の違いによって説明されるのは約4割程度で,『家調』で勤労者世帯のみが対象になっ ていることによって説明される上限値は2割強であると見積もられる。 したがって,乖離の約3分の1はこれら2つの要因では説明がつかず,なおかつ81年 以降の逆方向への動きについての説明力をもたない。


金融政策と設備投資

本多佑三編『日本の 景気:バブルそして平成不況の動学実証分析』,有斐閣,1995年5月,49-70頁

 本稿では,金融政策の設備投資への影響を,最近のわが国の経験をもとに,議論する。ケインズ派と古典派の立場の違いを越えて,伝統的に,金融政策 は金利の変化を通して実物経済に影響を与えるものとして議論されている。こうした金利ルートに加えて,金融政策が銀行貸出に量的な影響を与える信用ルート が,最近注目されてきている。本稿では,バブル景気から平成不況にいたる最近のわが国の経験が信用ルートの重要性を示唆するものであるかどうか,という問 題にとくに焦点を当てる。
 2節では,信用ルートからの金融政策の設備投資への影響について議論する。3節では,資金調達コストと企業の資金調達行動の推移を見ることによって,信 用ルートが重要であったのかどうか,を実証的に考察する。4節では,設備投資関数を推定し,90年以降の設備投資への金融政策の影響を議論する。
 本稿の結論は,以下のように要約できる。景気循環に関連する設備投資の動きにとって,最も重要な要因は利潤機会である。金融政策はまず実体経済に影響を 与えて,利潤機会の変動を通して,設備投資に影響を与えると考えられる。金利ルートと信用ルートからの影響は,サンプル期間の選択によって結果が異なり, 微妙な結論となった。安定成長期移行からバブル発生にいたるまでは金利ルートの有意性が見出されたが,逆にバブル崩壊後は内部資金量が投資を制約したかも しれない。いずれにせよ,岩本 (1993)でパズルとされた89年以降の投資の動きについては,金利,内部資金要因によっても完全には説明できない。


生命保険需要と遺産動機

(古家康博と共著)『郵政研究レヴュー』,第6号,1995年3月,59-90頁

Are Life Insurance Purchases Based on Bequest Motives?

(with Yasuhiro koie) IPTP Review, No. 6, March 1995, pp.59-90

 首都圏に居住する約1,300人の個票データを用いて,本稿は,生命保険需要が個人の遺産動機によって説明できるかどうかを検討する。生命保険需 要関数の推定によれは,遺贈可能資産の増加は他の変数が一定のもので,危険保険金を0.1弱の割合で減少させる。家計は生命保険を購入することによって遺 産額を望ましい水準に調整しているという仮説は弱く支持されているものの,その調整は完全ではない。また,本稿では,個人の生涯総資産が遺贈可能資産と遺 贈不可能資産にどのように配分しているのかの推定もおこなった。その結果,遺贈可能資産は総資産の5割,危険保険金は遺贈可能資産のうち約2割を占めてい ることがわかった。


投機的株価と設備投資

日本経済研究』,第26号,1993年12月, 30-52頁

Speculative Stock Prices and Fixed Investment

JCER Economic Journal, No. 26, December 1993, pp.30-52

 q理論では,設備投資は,株式市場で評価される企業の市場価値と密接な関係をもつとされる。この関係の成立には,株価は合理的に形成され,企業の ファンダメンタルズを正しく反映していることが必要である。しかし,1980年代後半からのわが国の株価の大きな上昇と下落の経験は,株価形成の合理性に 大きな疑問を投げかけている。本稿は,投機的な資産価格形成のもとで,企業経営者はどのような設備投資行動をとるのか,また計量経済学者はどのようにして 設備投資関数を推定すれば良いのか,を検討する。また,87年以降の経験をもとに,資産価格変動の投資への影響を実証的に考察する。
 まず,合理的バブルの存在を許した設備投資の理論モデルが展開される。そこでは,設備投資および資本コストはバブルには影響されず,企業価格からバブル をのぞいたファンダメンタルズの部分によって規定されることが示される。このため,株価にバブルが発生する場合には,平均qを用いることの利点が失われ, 計量経済学者は限界qを構成する必要に迫られる。
 87年以前の経験では,限界qからのアプローチが説明力の高い投資関数を構成できる。このことは,株価は設備投資のシグナルとしては,ノイズの大き変数 であることを意味する。90年までの設備投資の増加は,利潤機会の増加というファンダメンタルズの好転だけでは説明できない部分がある。90年前後の動き は,企業が将来の利潤機会を楽観視していたか,あるいは投資行動が合理性を欠き,投機的株価に何らかの反応をしたか,の可能性が考えられる。


人口高齢化と公的年金

(加藤竜太・日高政浩と共著)『季刊社会保障研究』,第27巻第3号,1991年12月,285-29(PDF file

Public Pensions and an Aging Population

(with Ryuta Kato and Masahiro Hidaka) The Quarterly of Social Security Research, Vol. 27, No. 3, Winter 1991, pp.285-294


マクロ経済政策の中立性と非中立性:展望

大阪大学経済学』,第41巻第1号,1991年6月,20-33頁

On the Neutrality and the Non-Neutrality of Macroeconomic Policies: A Survey

Osaka Economic Papers, Vol. 41, No. 1, June 1991, pp.20-33

 Dynamic macroeconomic models with optimizing agents often results in the neutralities of macroeconomic policies. The purpose of this paper is to discuss why and when there the policy neutralities appear. This paper first establishes, in a variant of Sidrauski's model, the neutrality of (1) an increase in government bonds associated with a future tax increase, (2) an increase in the monetary growth rate, and (3) a balanced budget expansion.
 These neutralities are due to a special formulation of consumers' preference. The paper then surveys five general configurations that result in nonneutrality: (1) a varing time preference rate (2) an overlapping generation model (3) a money in production function (4) population growth and (5) a distortionary tax. Although each of these models have slightly different implications, the consequences of the first and second policy instruments for capital formation and inflation seem to be robust. A higher level of government bonds is likely to reduce capital formation and decrease the inflation rate in models (3) and (4). An increase in the monentary growth rate promotes capital formation in models (1), (3) and (4). The effects of balanced budget expansion depend on the specification of the characteristics of government expenditure.


配当軽課制度廃止の経済的効果:89年法人税改革の分析

経済研究』, 第42巻第2号,1991年4月,127-138頁

The Economic Effects of Repealing Light Taxation on Dividends: An Analysis of 1989 Corporate Tax Reform

Economic Review, Vol. 42, No. 2, April 1991, pp.127-138

 本稿は,昭和63年度の法人税制改革案の経済的効果をシミュレーション分析によって考案する。 本稿では,税制改革の投資誘因への影響を限界実効 税率を用いて,税収入への影響を平均実効税率を用いて,また株式価格への影響を平均qを用いて,それぞれ分析する。 平均・限界実効税率と平均qは,新し い資本と古い資本への負担関係を表現するときに密接に関連しあっていることが,Iwamoto(1988a)によって示されており,本稿でもこの議論に基 づき,今回の税制改革が新しい資本と古い資本の負担関係をどのように変えるかを検討する。 また,配当課税をめぐる理論的想定の違いが税制改革の評価に重 要な影響を与えることも示す。
 シミュレーションでは
  (1)基本税率の引き下げ
  (2)配当軽課制度の廃止
  (3)(1),(2)を組み合わせた改革案
  (4)引当金・準備金制度の廃止
の4つの改革項目を検討する。
 シミュレーションの結果では,改革案は平均・限界実効税率をともに低下させ,株価も低下させる効果を持つことが示される。 平均実効税率の軽減による負 担軽減分は,配当課税に対する伝統的な見解のもとでは,新しい資本と古い資本に平等に分配されるが,新しい見解のもとでは,新しい資本の負担をより多く引 き下げる。


法人実効税率の日米比較

大阪大学経済学』,第 40巻第3・4号,1991年3月,435-448頁

A Comparison of Effective Corporate Tax Rates in Japan and the United States in 1980's

Osaka Economic Papers, Vol.40, Nos. 3-4, March 1991, pp.435-448

 This paper calculates and compares marginal effective corporate tax rates in Japan and the United States from 1980 to 1990. The marginal effective tax rates were higher in Japan than in the United States because the United States corporate tax system had powerful investment encouraging provisions which were not employed in Japan. The difference of the cost of capital was not significant because United States corporations faced a higher cost of funds.


公共投資の最適水準

大阪大学経済学』,第40巻第1・2号,1990年9月,242-250頁

The Optimal Level of Public Investment

Osaka Economic Papers, Vol. 40, Nos. 1-2, September 1990, pp.242-250

 A Normative analysis of public investment policy has been developed from the theory of optimal capital stock determination. Since social capital stock data are more difficult to measure than public investment flow data, this paper develops a method of policy evaluation which relies on flow data. A formula for the optimal ratio of public investment to output is derived under the assumption of a steady state and Cobb-Douglas production technology with social capital. Its empirical application to postwar Japanese data shows that the calculated optimal investment rate is between twice and three times the actual rate.


日本の公共投資政策の評価について

経済研究』, 第41巻第3号,1990年7月,250-261頁

An Evaluation of Public Investment Policy in Postwar Japan

Economic Review, Vol. 41, No. 3, July 1990, pp.250-261

年金政策と遺産行動

季刊社会保障研究』,第25巻第4号,1990年3月,388-401頁(PDF file

Social Security and Bequest Behavior

Quarterly of Social Security Research, Vol. 25, No. 4, Spring 1990, pp.388-401

日本企業の平均・限界実効税率

『ファイナンス研究』,第11号,1989年11月,1-29頁

Average and Marginal Effective Rates of the Japanese Corporate Tax

Japan Financial Review, No. 11, November 1989, pp.1-29

 わが国の法人企業の税負担の問題に関して,近年多数の研究が行われるようになった。従来の研究では,税支払額での負担面を計測する「平均実効税 率」を用いた接近法と,資本コストへの撹乱効果を表現する「限界実効税率」を計測する接近法が用いられてきた。ところが,この2つの実効税率の関連はこれ まで明確ではなく,両者は別個の問題意識のもとで,独立に分析されるにとどめられていた。本稿では,この2つの実効税率を関連付けたIwamoto[12]の分析枠組みにしたがっ て,1963年から87年までの日本企業の平均・限界実効税率を計測し,両者を有機的に統合しながら,わが国の法人税の経済的効果の分析をおこなう。
 Iwamoto[12]は,2つの実効税 率を用いて,法人税の経済的効果を資本コストへの撹乱効果と,既存の資本の資産価格の再評価による定額税効果の2つに分解する方法を考案した。この手法を 用いることにより,本稿では,日本の法人税制は撹乱税効果によってほとんどの税収入を挙げていたとみなせることが示される。
 また,法人税負担の時系列的推移については,これまでの研究で対立した結論が導かれているが,本稿の計測結果によれば,60年代と80年代を比較する と,平均・限界のどちらかの実効税率で見ても,法人税負担は80年代に顕著に増加していることが観察される。この法人税負担の上昇の要因分解をおこなう と,インフレ率の上昇,借入れ比率の低下,法人税率の上昇の順に大きな影響をもったことが示される。

(論文への補足 インフレ率の出所が明記されていませんが,消費者物価指数上昇率を使用しています)


財政とマクロ経済

(伊藤成康・斉藤慎・大竹文雄・跡田直澄・ 本間正明と共著)本間正明・跡田直澄編『税制改革の実証分析』,東洋経済新報社, 1989年10月,200-236頁

法人税の改革

戸谷裕之・中井英雄と共著) 本間正明・跡田直澄編『税制改革の実証分析』,東洋経済新報社, 1989年10月,54-82頁

財政赤字と資本形成:インフレ税の与える影響について

『季刊理論経済学』,第 40巻第2号,1989年6月,152-165頁

Budget Deficits and Capital Formation: On the Effects of the Inflation Tax

Economic Studies Quarterly, Vol. 40, No. 2, June 1989, pp.152-165

 This paper analyzes the long run effects of budget deficits on capital formation and inflation using the concept of the real budget deficit. The paper shows that in the long run the real deficit has policy implications that are opposite to the traditional budget deficit adopted in previous theoretical work. Under the real deficit framework, budget deficits depress capital formation in the debt financing case or the constant expenditure case, but facilitate capital formation in the money finance case with constant tax revenue. The paper also considers how alternative specifications of the savings base affect these conclusions.


設備投資の実証分析

(本間正明・浅田利春・砂川和彦・佐野尚史と共著)『フィナ ンシャル・レビュー』,第10号,1989年4月,56-95頁

設備投資理論の展望

(本間正明・常木淳・佐野尚史と 共著)『フィナンシャル・レビュー』, 第8号,1988年9月,9-32頁

日本の実質財政赤字と財政政策

日本経済研究』,第17号,1987年12月, 45-57頁

Real Budget Deficits and Fiscal Policy in Japan

Journal of Japan Economic Research, Vol. 17, December 1987, pp.45-57.

 財政赤字問題の最近の研究において,政府負債の実質価値の変動に関心を持った実質財政赤字の概念が注目を集めている。本稿は,日本の財政赤字問 題の考案に,この実質財政赤字概念を適用し,従来の議論にあたらしい論点を加えることを試みる。実証面では,日本の実質財政赤字を計測して,貯蓄投資バランスに与える影響を検討する。実質財政赤字概念に基づいたときには,政府部門の赤字の貯蓄投資バランスに与えるインパクトは,従来の議論でいわれるよ りも大きいことが示される。理論面では,名目財政赤字概念に基づいた従来の理論分析は長期均衡状態の現実への適用に問題点があることを指摘し,それにかわる分析手法を提唱している。財政赤字の資本形成・インフレーションに与える影響に関して従来得られていた分析結果は,本稿のあたらしい分析手法のもとではからずしも維持されないことが示される。


年金:高齢化社会と年金制度

(本間正明・跡田直澄・大竹文雄と共著)浜田宏一・堀内昭義・黒田昌裕編『日本経済のマクロ分析』, 東京大学出版会,1987年6月,149-175頁

ライフサイクル成長モデルによ るシミュレーション分析:パラミターの推定と感度分析

(本間正明・跡田直澄・大竹文雄と共著)『大阪大学経済学』, 第36巻第3・4号,1987年3月,99-109頁

Life Cycle Growth Model and Sensitivity Analysis

(with Masaaki Homma, Naosumi Atoda and Fumio Ohtake) Osaka Economic Papers, Vol. 36, Nos.3-4, March 1987, pp.99-109

 Using a life-cycle growth model, we analyze the consequences of aging and the effects of the social security system. The model computes the wage rate, the interest rate and the level of capital accumulation both for the initial steady state and for the steady state associated with the aging of population. It is shown that the capital-labor ratio decrease drastically with the aging of population if the present social security system is maintained. In addition to the behavioral simulation analysis, we estimate the parameters of the utility function and make a sensitivity analysis of the life-cycle growth model. The sensitivity analysis shows that the most sensitive parameter in the model is the elasticity of intertemporal substitution in the utility function. However, this parameter is very unstable one in the estimation.


直間比率の経済分析:効率と公平のジレンマ

(本間正明・跡田直澄・大竹文雄と共著) 『経済研究』, 第36巻第2号,1985年4月,97-109頁

An Economic Analysis of the So-Called I/D Ratio: Efficiency vs. Equity

(with Masaaki Homma, Naosumi Atoda and Fumio Ohtake) Economic Review, Vol. 36, No. 2, April 1985, pp. 97-109
Last Updated: 12/29/13, Yasushi Iwamoto