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(湯田道生,鈴木亘,両角良子と共著)『季刊社会保障研究』,第49巻第3号,2013年12月,310-325頁
本稿では,2003年4月から2009年3月における福井県下全17市町の介護保険給付費レセプトデータの個票パネルデータを用いて,2005年度の介護保険制度改革で導入された介護予防給付が,要支援者のその後の要介護状態にどのような影響を与えたのかを検証した。介護予防給付の導入前後において,初回の要介護認定時に(旧)要支援・要支援1の認定を受けた人々の経時的な要介護度の推移を比較したところ,予防給付グループの要支援者割合は,常に介護給付グループのそれを上回っている様子が確認された。また,計量経済分析の結果からは,他の条件を一定としたときに,訪問介護,通所介護および通所リハビリテーションの介護予防サービスを利用している個人の要介護度は,そうでない個人に比べて,要支援にとどまる確率が有意に高く,また,要支援2・要介護1・要介護2に悪化する確率がそれぞれ有意に低いことが確認された。
(with Michio Yuda, Wataru Suzuki, and Ryoko Morozumi) Quarterly of Social Security Research, Vol. 49, No. 3, December 2013, pp. 310-325.
(鈴木亘,湯田道生,両角良子と共著)『医療経済研究』,第24巻第2号,2013年6月,86-107頁
(鈴木亘,湯田道生,両角良子と共著)『医療経済研究』,第24巻第2号,2013年6月,108-127頁
(両角良子,鈴木亘,湯田道生と共著)『医療経済研究』,第24巻第2号,2013年6月,128-142頁
(福井唯嗣と共著)『会計検査研究』,第46号,2012年9月,11-32頁(PDF file)
(湯田道生・鈴木亘・両角良子と共著)『会計検査研究』,第46号,2012年9月,33-44頁(PDF file)
(福井唯嗣と共著)鈴木亘・八代尚宏編『成長産業としての医療と介護』,日本経済新聞出版社,2011年11月,45-71頁
(福井唯嗣と共著)『京都産業大学論集 社会科学系列』,第28号,2011年3月,159-193頁(PDF file)
池田新介・市村英彦・伊藤秀史編『現代経済学の潮流2009』,東洋経済新報社,2009年9月,61-91頁
国立社会保障・人口問題研究所編『社会保障財源の効果分析』,東京大学出版会,2009年4月,13-35頁
(濱秋純哉と共著)国立社会保障・人口問題研究所編『社会保障財源の効果分析』,東京大学出版会,2009年4月,37-61頁
(濱秋純哉と共著)『季刊社会保障研究』,第44巻第3号,2008年12月,266-277頁(PDF file)
Perspectives on Income Redistribution through Taxation and Social Security
(with Junya Hamaaki) Quarterly of Social Security Research, Vol. 44, No.3, December 2008, pp. 266-277.
(榎本英高と共著)『経済学論集』,第74巻第2号,2008年7月,56-79頁
『フィナンシャル・レビュー』,第87号,2007年9月,44-73頁(PDF file)
高齢化と少子化の進展によって増大する社会保障費用を,どのように負担するのかが大きな課題となっている。Fukui and Iwamoto (2006)は,2100年までの医療・介護費用の推計をおこない,厚生労働省の発表する見通しではカバーされない,より長期的な視野から社会保障財政の課題を分析した。そして世代ごとの生涯での保険料・総負担を推計することで,医療・介護保険を賦課方式で運営した場合には,後の世代ほど急速に負担が増加することが示されている。さらに,積立型医療・介護保険を導入した場合のシミュレーションがおこなわれている。
Fukui and Iwamoto (2006)では,給付費を抑制する政策シミュレーションはおこなわれていない。本稿では,2005年の介護保険改革,2006年の医療制度改革によって図られた,将来の社会保障給付費の削減がFukui and Iwamoto (2006)の議論にどのような影響を与えるかを考察する。また,2006年12月に国立社会保障・人口問題研究所が公表した新しい『日本の将来推計人口』の前提のもとでの積立型医療・介護保険制度の財政状況を分析する。
積立型の医療・介護保険制度へ移行するには,移行過程で積立金を蓄積するために,高い保険料率を課す必要があることが,実際の導入が難しい点として指摘されている。一連の医療・介護保険改革によって,移行期の保険料は医療・介護保険を合わせて,12.7%から10.51%へと減少幅で2.13%ポイント,減少率で16.8%の低下が見られた。負担があることは避けられないものの,今回の改革は上昇幅の抑制に大きな効果があるといえる。
新しい人口推計では,少子化の一層の進展が見込まれているが,このことは医療・介護保険を均衡財政で運営した場合の保険料負担のピークを3.12%ポイント引き上げる。一方,積立方式への移行を図る改革での移行期の保険料は1.23%ポイントの上昇にとどまり,積立方式が人口変動リスクのいくらかを吸収していることがわかる。生涯負担率で見ても,新しい人口推計のもとでは,将来世代は積立方式への移行によって,より大きく負担が軽減される。
さらに本稿では,具体的な制度設計について,事前積立をおこなう制度を個人勘定とするか,制度ごとの団体型勘定とするか,制度全体の勘定とするか,の選択肢についての検討をおこなった。政策目的が医療・介護サービスへの平等なアクセスの確保にあるので,制度のなかに強制加入で定額給付を実現するための所得再分配制度を内包する必要がある。個人勘定や団体型勘定はこのような分配をおこなうことが困難である。移行費用を抑えて制度全体の勘定を実現するには,岩本(1996)で提唱されたリスク調整をおこなう財政調整勘定が同時に事前積立をおこなう方法が考えられる。
(濱秋純哉と共著)『季刊社会保障研究』,第42巻第3号,2006年12月,204-218頁(PDF file)
On the incidence of Social Insurance Contributions: An Economic Approach
(with Junya Hamaaki) Quarterly of Social Security Research, Vol. 42, No. 3, December 2006, pp. 204-218.
本稿では,マクロ経済政策として財政政策が果たすべき役割について,財政収支,財政支出,公債の負担という3つの基本的な論点からの検討をおこな
う。
まずU節では,財政収支と景気循環の関係に着目して,均衡財政,積極財政,自動安定化装置の3つの立場を対比させて,経済安定化のための財政政策のあり
方を整理した。このうち均衡財政は好況期に経済を刺激し,不況期に抑制的に働くことから,経済をむしろ不安定化させるため,好ましくない影響をもたらす。
したがって,後2者が示唆するように,不況期には赤字財政で景気を刺激し,好況期の黒字財政で国債を償還し,中長期的な財政の持続可能性を維持するような
運営が望ましい。しかし,わが国の経験を振り返ると,1970年代以降は構造的財政赤字が累増する傾向にあった。その背景には,財政の意思決定が合理的に
はおこなわれず,経済成長の鈍化に起因する財政赤字を解消することが先送りされたことがあった。意思決定が合理的でない場合には,積極財政に基づく財政運
営は,財政赤字の持続傾向をもたらすことが難点である。持続可能な財政運営を維持するには,1980年代の財政再建のような特別の取り組みが必要とされ
る。
V節では,不況期に需要創出のために財政支出を積極的におこなうべきかどうかを検討する。失業者を雇用することの社会的費用をゼロと見なし,不況期には
失業者を活用して積極的に財政支出を拡大すべきという考え方は,社会的費用を過小評価している。財政支出を合理的におこなうためには,費用便益分析に基づ
いた意思決定が必要で,第1次近似としては,好況期と不況期で支出の意思決定を大きく変更する必要はない。
W節では,不況期の公債発行が将来世代の負担となるか否かを検討する。将来時点に公債の償還財源を増税によって負担する世代が,もし不況期の拡張政策に
よる所得増に恵まれれば,将来世代の負担は発生しない。しかし,この将来世代の所得増が必然的に生じることは保証されず,不況期の公債発行も将来世代の負
担増になると考えるのが妥当である。
以上の考察から,ケインズ的な積極財政の運営には難点があり,財政による経済安定化の役割は自動安定化装置に限定して,積極的な安定化政策は金融政策が
主役となるのが望ましい政策割り当てであると考えられる。財政支出の意思決定は景気循環に左右されず,正しく経済厚生の向上に役立つように使われるよう
に,規律を求めていくことが最も重要である。
Reform of Health Insurance for the Elderly
JCER Economic Journal, No. 44, March 2002, pp. 1-21.
本稿では,将来の医療費増加に対してどのように対処するかという視点から,高齢者医療保険制度の望ましいあり方について検討する。医療費増加に対
処する最善の医療保険の形態は,予期された医療費の変動には個人が対処し,予期されない変動には世代間リスク分散で対処する積立型長期保険である。しか
し,民間保険でも公的保険でもこれを達成することは困難である。実現可能な次善の形態としては,現状の医療保険と民営化された医療保険の2つがあるが,民
営化の得失は明確でなく,現状の医療保険の形態に留まることが妥当である。
また,世代間の所得再分配で高齢者医療費を調達することは世代間のリスク分散を目的とした保険と解釈することができる。したがって,望ましい高齢者医療
保険制度の改革の方向は,岩本(1998)の提言にあるような,全制度を対象としたリスク調整をおこなうことである。そのつぎの段階として,人口高齢化から予想される医療費
に対して事前に積立のできる医療保険制度に転換する方法が考えられるべきである。
The Effect of Incomes on Living Arrangements
(with Tadashi Fukui) JCER Economic Journal, No. 42, March 2001, pp. 21-43.
高齢者とその子との同居の決定要因について,まだ未解明のままのこされている要因のひとつは,子の経済状態である。この影響がこれまで未解明なの
は,世帯を無作為抽出した調査から得られたデータでは,同居する世帯員に関する情報は得られても,別居する子の経済状態についての情報が得られなかったた
めである。本稿では,観察される親の属性で子の所得を説明するモデルを構築し,別居した子の所得を推定することにより,この問題点を克服して,親子の所得
が同居選択に与える影響を考察する。
『国民生活基礎調査』を用いた実証分析で,以下の結果が得られた。親の所得が高いほど,別居が選択される。高所得者ほど,同居によるプライバシーの減少
から生じる負担が,同居から発生する規模の利益を上回る傾向にあるものと考えられる。一方,子の所得については,親が夫婦の場合は子の所得が高いほど別居
が選択される傾向にあるが、単身の場合では有意な影響は見られない。高齢者が夫婦の場合には経済的要因が強く働いているが,単身高齢者の同居については経
済的要因以外の要素が働いていることが示唆される。
On the Welfare Loss of Families with Members in Need of Long-Term Nursing Care
(with Miki Kohara and Makoto Saito) Quarterly of Social Security
Research, Vol. 36, No. 4, March 2001, pp. 547-560.
Fiscal Investment and Loan Program: A Perspective on Government Interventions in the Japanese Financial Sector
Economic Review, Vol. 52, No. 1, January 2001, pp. 2-15.
本稿は,わが国の財投制度に関する経済分析の現状の到達点を評価し,将来の展望をおこなう。財投の論点を,目的の妥当性,手段の妥当性,手段の有
効性に階層的に分類する視点を導入したことが特色である。
金融自由化の進展によって,金融活動において政府の果たすべき役割は変質・縮小してきたと考えられる。現在では,財投が政策目的として正当化できるの
は,民間では不可能なリスク負担,貸出市場での情報格差への対処にしぼられてきた。
手段の妥当性に関して,公的金融機関による直接融資がなぜ望ましいかの検討がさらに進められるべきであろう。とくに実証研究の蓄積が足りず,今後の発展
が待たれる。
公的金融の情報生産機能に関する実証研究が最近多数現われた。開銀については,現在の争点は政策目的自体にあると考えられる。中小企業金融については,
非対称情報のある貸出市場の理論分析とより結びついて,手段の選択にまで視野を広げた実証分析がおこなわれることが望まれる。
How Does the Provision of Home Care Affect the Labor Force Participation of Family Members?
Quarterly of Social Security Research, Vol. 36, No. 3, December 2000, pp. 321-227.
(雑誌に掲載できなかった付録がPDF fileで読めます)
National Institute of Population and Social Security Research ed., Changing Functions of Families and Households: Special Attention to the Safety Net for the Japanese Elderly, University of Tokyo Press, 2000, pp. 75-94.
National Institute of Population and Social Security Research ed., Changing Functions of Families and Households: Special Attention to the Safety Net for the Japanese Elderly, University of Tokyo Press, 2000, pp. 95-117.
(書籍に掲載できなかった付録が,
PDF
fileで読めます)
National Institute of Population and Social Security Research ed., Changing Functions of Families and Households: Special Attention to the Safety Net for the Japanese Elderly, University of Tokyo Press, 2000, pp. 329-356.
The Social Security Earnings Test and Labor Supply of the Elderly
Quarterly of Social Security Research, Vol. 35, No. 4, March 2000, pp. 364-376.
(雑誌に掲載できなかった付録が,PDF fileで読めます)
財政投融資の改革のなかで,財投機関の資金調達の方法として財投債と財投機関債の2つの方法が提案されており,優劣の決着を見ていない。本稿は,
社会資本を供給する財投機関への規律づけの観点から,2つの資金調達方法の機能を比較する。両者の違いは,政府保証の有無にあることから,資本構成の違い
が企業を規律づけるとする企業金融理論の発展を応用することができる。しかし,財投機関に対しては,(1)政府が所有権を保有しなければならない,(2)
政府からの補助金の存在によりソフトな予算制約の問題をもつ,という特徴がある。この2つの特徴を考慮にいれて,不完備契約の理論の発展を受けて進展して
きた規律づけの議論を拡張して,モデル分析をおこなう。
第1のモデルでは,準公共財型社会資本の供給について,納税者がその社会的便益を正確に知らない場合には,政府が実際よりも大きな便益を生むといつわっ
て,必要以上の補助金を支出することによって,過大な公共投資が発生する状態を考察した。もし財投債で資金調達する場合に,こうした補助金の支出が可能な
らば,財投機関債の場合にも同額の補助金を獲得することができない理由はない。したがって,財投機関債購入者が正確な社会資本の便益を知ったとしても,政
府は債務不履行が生じないように補助金を支出することによって,投資を実行することができる。
第2のモデルでは,公的関与が必要な条件のもとで,経営努力へのインセンティブの与え方に注目した。現行制度および財投債で資金調達した場合には,ソフ
トな予算制約の問題で,経営者には努力インセンティブがまったく与えられない。財投機関債によって資金調達した場合には,経営破綻した場合にしか,資金供
給者側にはインセンティブが与えられない。しかし,よほどの事情がない限り,政府および機関債購入者はともにできるだけ経営破綻を避けようと行動する。し
たがって,財投機関債によって資金調達した場合にも,財投債と同じ帰結となり,財投機関債発行の独自の意義は存在しない。
両者のモデルを綜合すると,財投機関債の利点と考えられている特長は現実には機能せず,財投債と同じ帰結におわる可能性が高い。政府の失敗は,市場の規
律づけを粉砕してしまうほど強力である。適正な公共投資への資源配分をおこなうために重要なことは,政府を経由せずに市場でおこなうことではなく,たとえ
困難が多くても政府の失敗を是正するよう努力することである。
Japan's Labor Force in the Year 2020
Economic Review, Vol. 49, No. 4, October 1998, pp.297-307
This paper discusses the future decline of the labor force in Japan and the efficacy of policies to tack it through raising the rate of labor force participation. Consensus estimates of macroeconomic consequences are derived from the behavioral parameters obtained from existing studies using micro data. Given that the current institutional and policy conditions unchanged, the decline of the labor force from 2000 to 2020 amounts to about 6 million. Doubling the capacity of nursery schools can create 300 to 600 thousand new working mothers. Raising the age of eligibility for public pension to age 65 can bring 300 thousand new elderly male workers into the labor force.
A Reappraisal of the Industrial Organization of Japanese Life Insurance Companies
(with Junko Koie) IPTP Review, No. 8, March 1998, pp.81-106
本稿では,わが国の生命保険業における,規模の経済と「護送船団行政」の存在を検証する。1979年から1994年度までの21社のパネルデータ による分析では,従来の研究よりも大きな規模の弾性値が確認された。従来の研究は,保護行政による準地代を大会社の配当あるいは剰余から検出しようとした が,配当が横並びで決定されるならば,準地代は含み益に反映されると考えられる。そこで,含み益を説明する回帰をおこなったことろ,規模の正の効果が確認 された。
わが国の公的医療保険は,複数の制度が縦割りで国民をカバーする多元的制度となっている。この制度の間で財政状態の大きな格差があり,給付と負担
の制度間格差と財政状態の悪い制度への財政補助(公費負担)が存在している。社会保障構造改革・財政構造改革のなかで医療保険制度をどのように改革するべ
きかを考えるにあたって,なぜ制度によって財政格差が発生しているか,公費負担はどのような役割を果しているのか,を理解することが必要である。
本稿の目的は,現行の医療保険制度の機能を財政面からとらえ,制度間の医療費格差,保険料負担格差の実態と原因,公費負担と財政調整の機能を分析するこ
とにある。そのために,1992年度の財政資料をもとに,制度別に加入者1人当たりの医療費,保険料,公費負担額,財政調整額を推計する作業をおこなう。
本稿で得られる結論は以下のように要約される。
(1) 医療費の制度間格差のほとんどは,各保険制度の加入者の年齢構成の違いによって生じている。全国平均の年齢階層別1人当たり医療費を用いて,組合
健保と国保(一般)の医療費を年齢要因で説明すると,格差の93.3%を説明できる。
(2) 加入者1人当たり保険料の負担格差は被保険者の所得格差によって生じている。国保には高齢者の加入者が多いが,このことが負担率を低下させている
部分は,制度間の不公平とは考えられない。そこで高齢者を除外した国保加入者の負担率(保険料/所得)を推計したところ,6.2〜6.4%の範囲にあると
考えられる。一方,政管健保の負担率は6.6%,組合健保のそれは6%となった。捕捉された所得を前提にすると,国保・健保間の負担率格差はわずかである
といえる。
(3) 医療費と保険料の制度間格差を相殺しているのが,制度間財政調整と公費負担である。公的負担の性格は2つある。第1は,老人保健に代表される年齢
構成の違いによる医療費格差に対処する目的である。第2は,保険料の負担能力格差に対処するためで,国保と政管健保への補助がこれにあたる。これらの点か
ら,公的負担は,「弱者保護」の性格をもつものといえるが,保険制度別に適用されていることから,適切に弱者に照準を合わせた補助とはなっていない可能性
もありえる。
社会資本を生産要素に含む生産関数を推定することによって,社会資本の生産性を計測する研究が近年,多数おこなわれるようになった。そこで大きな
問題点と
して指摘されているのは,社会資本がある政策に沿っておこなわれる内生変数であるという同時性の問題である。地域経済データでは,公共投資の地域配分に関
す
る政策的意図が働き,この同時性の問題はとくに深刻であると考えられる。公共投資政策が所得再分配を意図しておこなわれるときに,単純な回帰分析をおこな
う
と,社会資本の生産性の推定に負の偏りをもたらすことになる。しかし,社会資本から所得への方向の影響を見た社会資本の生産性の研究と,所得から社会資本
へ
の影響を見た公共投資の地域配分の研究との関連付けは,これまでのことろ十分ではなかった。本稿は,この両者の掛け橋として,社会資本の生産性の計測にお
け
る同時性の問題の影響について検討する。
まず,「同時性」の問題の確認として,都道府県データを用いて社会資本の生産性を計測した,浅子他(1994),三井・竹澤・河内(1995)のデータ
を用いて,タ
イムトレンドを任意の関数形で表現できるように一般化して推定をおこなったところ,社会資本の係数は有意に負となるという結果を得た。額面通りに社会資本
の
生産性が負であるということは想像しがたく,この結果は,同時性による負の推定の偏りによって生じたと考えるのが自然である。したがって,ここでの推定結
果
は,公共投資の地域間配分の目的が所得の地域間格差の是正にあったことの有力な証拠であると考えられる。
つぎに,同時性の問題に対処した,社会資本の生産性の計測方法を検討した。この問題への通常の計量経済学的対処法は操作変数法の適用であるが,公共投資
政
策の意図と相関をもたない操作変数を求めることは大変に困難であると考えられる。そこで,本稿では,@政策に影響を与える要因を地域ダミー変数としてとら
え
る方法と,Aサンプルを性質の似通ったグループにまとめて推定する方法を考察した。
@の方法は,パネルデータによる分析での2方向固定効果モデルとなる。この定式化のもとでは,三井他(1995)のデータによる,1966年から
1984年までの推定
結果では,社会資本の正の生産力効果が検出された。しかし,サンプルを分割すると,サンプル前期では正の生産力効果が検出されたが,後期ではその効果が観
察
されなかった。
この現象の原因には,公共投資の政策的意図の時間的変化があると考えられる。わが国の公共投資の地域間配分では,60年代は効率が重視されていたが,
70代
以降は地域間格差の是正が重視されたと見ることができる。この事実の証拠としては,60年代半ばには,民間資本と社会資本の正の相関があったが,70年代
には
その相関が薄まり,80年代には,逆に負の相関をもつようになったことが挙げられる。これは,低所得県の方が社会資本の伸び率が高かったという事実を反映
し
たものである。
Aでは,@で推定された地域ダミー変数の大きさで,3グループに分割する方法と,産業別の生産関数を推定する方法をおこなった。
地域ダミー変数は生産要素投入量では説明できない生産性の地域間格差を表しており,公共投資の地域間配分の政策的意図と関連をもつと考えることができ
る。
都道府県をこのダミー変数の値により,3グループに分割したところ,前期では,正の生産性が観察されるが,後期では正の生産性は観察されないことが示され
た。
また,地域経済の産業構造が公共投資政策に影響を与えることが考えられる。産業別の生産を説明変数とした場合,社会資本の生産性のあらわれ方は,産業に
よ
ってことなることがわかった。第1次産業では,後期に正の生産性が観察され,後期の公共投資政策は第1次産業の発展に一定の寄与をしたと考えられる。第2
次
産業については,前・後期どちらでも正の生産性は観察されなかった。第3次産業への貢献は前期・後期ともに観察された。
地域経済を1部門経済ととらえるデータでは,社会資本の生産性の計測は十分な精度を保持できないと考えられる。今後の研究では,より細分化されたデータ
を
用いた分析が必要である。
Designing an Integration of Health Insurance Groups
JCER Economic Journal, No. 33, November 1996, pp.119-142
(八田達夫・ 八代尚宏編『社会保険改革』(シリーズ現代経済研究16),日本経済新聞社, 1998年5月,155-179頁に収録)
現在の公的医療保険制度では,制度間の負担・給付・財政状態の格差が深刻な問題になっている。これは被保険者集団の設計の問題(加入者の年齢構成
と所得水準の違い)により引き起こされている。「国民皆保険」の実現のために保険者の加入者選択権がないことから,制度間格差は個別保険者の努力では回避
できない問題である。保険原理からは,こうした危険は制度全体でプールすべきである。本稿では,そのための医療保険制度一元化の試案を提示する。
試案の特徴は2つある。@多元的制度のもとで財政調整により,実質的な一元化を実現する。現状の保険制度を利用することで,移行費用を小さくすることが
ねらいである。A全体でプールする危険と各保険者で負担する危険を区別する(部分的な危険のプール)。個別保険者の行動に依存する危険は,各保険者で吸収
することにより,財政改善の誘因を与え,完全な一元化制度のもつ障害を回避する。
The Role of Survivor Benefits as Public Life Insurance
(with Yasuhiro Koie) IPTP Review, No. 7, July 1996, pp.97-124
本稿は,首都圏に居住する約1,300世帯のマイクロデータを用い,遺贈性向(世帯の総資産に占める遺贈可能資産の割合)の決定要因を検討する。 サンプル全体での遺贈性向は,ゼロの近辺と0.4の近辺にそれぞれ山を持つ双方分布になる。 このような分布になる理由は,公的年金制度のなかの遺族年 金の存在によるところが大きい。 遺族年金を説明変数に含む生命保険需要関数を推計したところ,1万円の遺族年金現価に対して,約1,300円の生命保険 需要が減少する。 この代替関係の大きさは遺族年金以外の非人的資産と生命保険の代替関係とほぼ同じものである。
本稿は,財政赤字の恣意性の問題と,その問題を克服する代替的指標として提唱されている世代会計の異議と限界を検討している。
財政赤字は深刻な政策問題であるが,最近では,@さまざまな種類の財政赤字の計測方法が存在し,しかもそれらの数値の違いが無視できないほど大きい,A
公式の財政赤字の数値が恣意的に変更させられた,という財政赤字の概念自体をめぐる混乱が生じている。
後者の問題については,財政赤字の数値は,ある種の会計操作によってほぼ自在に変更することが可能であり,そのための手段として,@政府部門の範囲を操
作し,ある部門の収支を会計から除外する,A本来負債項目であるものを負債に計上しない,方法がある。
Kotlikoff(1992)は,財政赤字が財政政策のスタンスを示す適切な指標ではないことを主張し,それにかかわる財政政策の指標として,世代会
計を提唱している。 世代会計は,出生年齢別の各世代の生涯にわたる政府からの純受益額の現在価格(世代勘定)を計測するものである。 消費者の行動がラ
イフサイクル仮説によって説明できるならば,世代会計は政策の影響を適切に表現する唯一の指標である。
世代会計を用いるときの注意点として,以下のような事項を指摘できる。
@ 世代勘定は,現在から将来への純負担額に関心を持ち,過去に遡及されていないので,世代間の比較が意味を持つのは,0歳世代と将来世代の間のみであ
る。過去に遡及し生涯の純負担額を計測した生涯純税率は,この問題を修正している。
A 世代会計では将来についての想定が必要であり,ここでの仮定の置き方に恣意性が入り込む余地があり,政治的操作が可能になる恐れがある。
B 伝統的財政赤字および世代会計を正確に計測するためには,政府活動,政府資産の範囲を正確に定めなければならない。 伝統的財政赤字がこの点で混乱し
ているとすれば,世代会計も同じ問題に直面する。
C 消費者行動がライフサイクル仮説によって説明できるならば,世代会計は財政政策の影響を表現するのに適切な指標となるが,消費者が流動性制約に直面し
ている場合には,むしろ伝統的赤字の方が,適切な指標となる。
このような問題点を理解したうえで世代会計を利用するならば,民主主義政府の意思決定がおちいりやすい問題点(問題解決を先送りにし,将来世代につけを
回す)を明瞭に映し出すことができる有効な概念であると考えられる。
『国民経済計算』の家計貯蓄率は1981年以降低下傾向にあるが,『家計調査』勤労者世帯黒字率は逆に上昇傾向にあり,1990年には両計数の乖
離は10.6%ポイントに達した。 この乖離は,両統計のどちらかあるいは両方がわが国の家計貯蓄の「真」の姿をとらえていないことにあると考えられる。われわれは,乖離の原因を以下の4種類に分類する。
@ 『家調』とSNAの統計の概念に差異がある。
A 『家調』の標本に,何らかの問題がある。
B 『家調』に,回答上の誤差の問題がある。
C SNAの推定に,何等かの問題がある。
@とAを検討した岩本・尾崎・前川(1995)で,以下のような結論を得た。『家調』とSNAの貯蓄率の乖離のなかで,両統計の概念の違いによって説明されるのは約
4割程度で,『家調』で勤労者世帯のみが対象になっていることによって説明される上限値は2割強であると見積もられる。したがって,乖離の約3分の1はこ
れら2つの要因では説明がつかず,なおかつ81年以降の逆方向への動きについての説明力をもたない。
本稿では,BとCの原因を検討する。『家調』の貯蓄率が大きくなるような統計の問題点としては,
@ SNAの所得が過小である
A 『家調』の所得が過大である
B SNAの消費が過大である
C 『家調』の消費が過小である
の4つの可能性が考えられる。
まず,本稿では,世帯調査データをSNAと整合的になるように集計した,世帯の収入と支出の年次データを構成し(これを「世帯調査集計値」と呼ぶ),SNA計数と比較した。収入の世帯調査集計値のSNAの対応物に対する比率(「カバー率」と呼ぶ)は,8割弱の水準で推移しているが,消費のカバー率は
76年の81%から90年の68%まで低下してきている。『家調』の貯蓄率がSNAのそれよりも高いことの「表面的」原因は,消費のカバー率が収入のカ
バー率よりも低いことであり,貯蓄率の乖離が拡大しているのは,消費のカバー率が低下していることによる。また,統計の問題点の@とAの可能性では世帯
調査集計値の所得がSNAのそれよりも大きいことを意味するので,ここで観察されたカバー率の関係と両立せず,所得ではなく消費の側に本質的な問題があ
る。
さらに項目ごとの検討を加え,次のような結果を得た。
(1) 収入項目については,『家調』の側に,記入もれ等による回答誤差が大きいと考えられる。カバー率の低い収入項目については,SNAが過大推計したと考えるよりも『家調』の記入もれが起こりやすいと考えるほうが説得的である。 また,SNAの雇用者所得,法人企業所得,個人企業所得を税務統計と比
較してみたが,貯蓄率乖離に結び付くだけの大きな乖離は見られなかった。
(2) 消費項目については,『家調』の記入もれの可能性がある。 しかし,SNAの推計に問題がないことは完全には証明できていない。 消費支出を8項
目に分割して,カバー率の変化の寄与度を計測したところ,カバー率の低い「その他」のシェアが増加したこと,食料関係の支出のカバー率が低下したことが,
もっとも大きな影響を持ったことがわかった。
(3) 資産純増額を『貯蓄動向調査』とSNAまたは『資金循環勘定』とについて比較したが,世帯調査が過小に計上されていると考えられる。 しかし,金
融資産純増額の可処分所得比は,SNAと世帯調査の間で大きな乖離がなく安定している。 これは,世帯調査側の記入もれが分母,分子ともにほぼ同水準で安
定的であることによる。
(4) 貯蓄率乖離の拡大を表面的に説明するのは,世帯調査集計値のカバー率の低下である。 根源的な説明は,世帯調査の精度の低下である可能性が高い。
ただし,89年前後の乖離の拡大には,SNAの土地売却の増加が表面的に貢献しているように見られる。 これに対する整合的で根源的な説明は,残念なが
ら本稿では与えられなかった。
本稿は,1980年から1992年までの,わが国の利子・配当課税の「実効税率」(effective
tax rate) を計測するとともに,中曽根・竹下両政権時の税制改革の家計貯蓄への影響を検証する。
中曽根・竹下両政権時の抜本的税制改革においては,個人的資産所得課税について,1988年にはマル優をはじめとする非課税制度の廃止や一律分離課税
制度の導入といった利子課税の改革が行われ,1989年には株式譲渡益の課税原則の非課税から課税への転換という改革がおこなわれた。しかし,わが国の利
子・配当・譲渡所得への課税は,形態に応じて異なった課税制度が適用されたり,納税者の選択が可能であったりして,表面的な制度上の税率を見ただけでは,
税制のもつ撹乱効果十分に捉えられない。1988年のマル優廃止後も,高齢社のための非課税制度や勤労者財産形成貯蓄制度が存続しているため,改革によっ
て利子所得率が20%になったと単純に考えるのは正しくない。「実効税率」とは,貯蓄誘因に対する税制の撹乱の影響を計測するための概念であり,異なった
制度が適用される所得ごとにその限界税率を求め,それを所得のシェアによって平均することによって求められる。 本稿では,税制改革期に,利子・配当所得
に対する実効税率がどのように変動したのかを把握する。
つぎに,1988年の利子課税改革が世帯の貯蓄・資産選択行動にどのような影響を与えたかを検証する。集計された時系列データを使用するときには,税制
改革と同時期に生じたその他の外生的要因の変化の影響を区別することに困難がともなう。この問題を回避するために,本稿は,利子課税改革は世帯属性によっ
てその影響が異なり得ることに着目して,世帯階層の同時点の貯蓄行動を比較することによって,税制の貯蓄への影響を検証することを試みる。
本稿の主要な結論をまとめると以下のようにである。
(1) 利子所得への実効税率は,1988年改革により,大きく変化した。 改革以前では,80%弱の利子所得が少額貯蓄非課税制度の適用を受け,20%
強の利子所得が22%から26%の税率で源泉分離課税の適用を受け,総合的な実効税率は,5%台を中心として推移してきた。 改革後は,非課税となる利子
所録のシェアは20%弱までに低下して,総合的な実効税率は,15%前後の数値に上昇した。 総合課税される利子所得は無視できるシェアであり,実効税率
の動向にはほとんど影響をもたない。
(2) 配当所得の実効税率は,80年代には約30%程度で推移してきたが,所得税率の引き下げの影響から,最近は,25%から27%の水準にある。約7
割の配当所得は20%の税率で源泉分離されている。 総合課税される配当所得の割合は20%台の水準で変動しており,その限界税率は約48%である。国税
35%(地方税の限界税率は約13%と推定される)の源泉分離課税の適用を受ける配当所得は最近では2%を切るようになった。
(3) 利子課税改革による実効税率の変化が個人の貯蓄行動に影響を与えるかを,高齢世帯と高所得世帯に注目して検証した。改革後も引き続き非課税貯蓄を
利用できる高齢世帯は,実効税率の変化の影響を受けたその他世帯に比較して,利子所得を生む資産を相対的に増加させていることが観察できる。一方,改革前
でも非課税制度の恩恵をあまり受けられない高所得世帯に比べて,実効税率の変化の影響を受けたその他の世帯は利子所得を産む資産の保有を相対的に減少させ
たという証拠は得られなかった。 以上から,高齢世帯については,実効税率に反応したという仮説が支持されるが,高所得世帯については,そのような現象は
観察できなかった。
『国民経済計算』の家計貯蓄率は1981年以降低下傾向にあるが,『家計調査』の勤労者世帯黒字率は逆に上昇傾向にあり,1990年には両計数の
乖離は10.6%ポイントに達した。本稿とこれに続く研究は,この乖離の原因は何か,を検討する。この乖離は,両統計のどちらかあるいは両方がわが国の家計貯蓄の「真」の姿をとらえていない ことにあると考えられる。われわれは,乖離の原因を以下の4種類に分類する。
@ 『家調』とSNAの統計の概念に差異がある。
A 『家調』の標本に,何らかの問題がある。
B 『家調』に,回答上の誤差の問題がある。
C SNAの推定に,何らかの問題がある。
本稿では,@とAの原因に焦点を当て,これに続く論文でBとC原因を検討する。
@の原因については,これまでの研究成果を整理・対照させることによって,どの概念調整の項目の影響が大きいかを明らかにするとともに,われわれの方法
による概念調整の数値を提供した。 乖離幅を大きく縮小する項目は,持ち家の帰属家賃と負債の支払利子の扱いである。しかし,その他の項目では逆に乖離を
拡大する要因もある。 われわれの調整では,両統計の概念の相違は,乖離の4割程度(最大では4.9%ポイント)を説明する。
Aの原因については,『家調』データの問題点として指摘されている仮説を検討した。これらの仮説は,勤労者世帯以外の行動に乖離の説明を「しわよせ」す
る点で,共通している。 「しわよせ」理論の説明力を検討してみたところ,以下のような結果が得られた。
SNAの家計貯蓄率計数と整合的になるように,『家調』の一般世帯の貯蓄率の値を逆算してみると,その貯蓄率は10年間に30%ポイントも低下しなけれ
ばならないという結果が得られた。 一般世帯の貯蓄率がそこまで低くなるためには,非消費支出が年間収入の4割以上という高水準になければならない。 こ
うした非消費支出の割合が発生しているとは考えにくい。
『家調』では,1989年から無職世帯の貯蓄率が調査されはじめた。 これで見ると,無職世帯の貯蓄率は,−10.6%から−22%という低水準にあ
り,勤労者世帯と無職世帯を合わせると,家計貯蓄率は3−3.6ポイント程度低下する。 その他,自営業世帯,農家世帯,単身者世帯を考慮に入れていない
ことは,乖離をほとんど説明することができない。 調査対象世帯に標本の偏りがあるとの考えに基ずき,世帯主の職業,住居の所有関係の分布を修正しても,
貯蓄率は1%ポイントも上昇しない。 逆に,世帯当たり有業人員の分布を修正すると,貯蓄率は最大1%ポイント程度上昇する。
結論としては,『家調』とSNAの貯蓄率の乖離の中で,両統計の概念の違いによって説明されるのは約4割程度で,『家調』で勤労者世帯のみが対象になっ
ていることによって説明される上限値は2割強であると見積もられる。 したがって,乖離の約3分の1はこれら2つの要因では説明がつかず,なおかつ81年
以降の逆方向への動きについての説明力をもたない。
本稿では,金融政策の設備投資への影響を,最近のわが国の経験をもとに,議論する。ケインズ派と古典派の立場の違いを越えて,伝統的に,金融政策
は金利の変化を通して実物経済に影響を与えるものとして議論されている。こうした金利ルートに加えて,金融政策が銀行貸出に量的な影響を与える信用ルート
が,最近注目されてきている。本稿では,バブル景気から平成不況にいたる最近のわが国の経験が信用ルートの重要性を示唆するものであるかどうか,という問
題にとくに焦点を当てる。
2節では,信用ルートからの金融政策の設備投資への影響について議論する。3節では,資金調達コストと企業の資金調達行動の推移を見ることによって,信
用ルートが重要であったのかどうか,を実証的に考察する。4節では,設備投資関数を推定し,90年以降の設備投資への金融政策の影響を議論する。
本稿の結論は,以下のように要約できる。景気循環に関連する設備投資の動きにとって,最も重要な要因は利潤機会である。金融政策はまず実体経済に影響を
与えて,利潤機会の変動を通して,設備投資に影響を与えると考えられる。金利ルートと信用ルートからの影響は,サンプル期間の選択によって結果が異なり,
微妙な結論となった。安定成長期移行からバブル発生にいたるまでは金利ルートの有意性が見出されたが,逆にバブル崩壊後は内部資金量が投資を制約したかも
しれない。いずれにせよ,岩本
(1993)でパズルとされた89年以降の投資の動きについては,金利,内部資金要因によっても完全には説明できない。
Are Life Insurance Purchases Based on Bequest Motives?
(with Yasuhiro koie) IPTP Review, No. 6, March 1995, pp.59-90
首都圏に居住する約1,300人の個票データを用いて,本稿は,生命保険需要が個人の遺産動機によって説明できるかどうかを検討する。生命保険需 要関数の推定によれは,遺贈可能資産の増加は他の変数が一定のもので,危険保険金を0.1弱の割合で減少させる。家計は生命保険を購入することによって遺 産額を望ましい水準に調整しているという仮説は弱く支持されているものの,その調整は完全ではない。また,本稿では,個人の生涯総資産が遺贈可能資産と遺 贈不可能資産にどのように配分しているのかの推定もおこなった。その結果,遺贈可能資産は総資産の5割,危険保険金は遺贈可能資産のうち約2割を占めてい ることがわかった。
Speculative Stock Prices and Fixed Investment
JCER Economic Journal, No. 26, December 1993, pp.30-52
q理論では,設備投資は,株式市場で評価される企業の市場価値と密接な関係をもつとされる。この関係の成立には,株価は合理的に形成され,企業の
ファンダメンタルズを正しく反映していることが必要である。しかし,1980年代後半からのわが国の株価の大きな上昇と下落の経験は,株価形成の合理性に
大きな疑問を投げかけている。本稿は,投機的な資産価格形成のもとで,企業経営者はどのような設備投資行動をとるのか,また計量経済学者はどのようにして
設備投資関数を推定すれば良いのか,を検討する。また,87年以降の経験をもとに,資産価格変動の投資への影響を実証的に考察する。
まず,合理的バブルの存在を許した設備投資の理論モデルが展開される。そこでは,設備投資および資本コストはバブルには影響されず,企業価格からバブル
をのぞいたファンダメンタルズの部分によって規定されることが示される。このため,株価にバブルが発生する場合には,平均qを用いることの利点が失われ,
計量経済学者は限界qを構成する必要に迫られる。
87年以前の経験では,限界qからのアプローチが説明力の高い投資関数を構成できる。このことは,株価は設備投資のシグナルとしては,ノイズの大き変数
であることを意味する。90年までの設備投資の増加は,利潤機会の増加というファンダメンタルズの好転だけでは説明できない部分がある。90年前後の動き
は,企業が将来の利潤機会を楽観視していたか,あるいは投資行動が合理性を欠き,投機的株価に何らかの反応をしたか,の可能性が考えられる。
Public Pensions and an Aging Population
(with Ryuta Kato and Masahiro Hidaka) The Quarterly of Social Security Research, Vol. 27, No. 3, Winter 1991, pp.285-294
On the Neutrality and the Non-Neutrality of Macroeconomic Policies: A Survey
Osaka Economic Papers, Vol. 41, No. 1, June 1991, pp.20-33
Dynamic macroeconomic models with optimizing agents often results
in the neutralities of macroeconomic policies. The purpose of this
paper
is to discuss why and when there the policy neutralities appear. This
paper
first establishes, in a variant of Sidrauski's model, the neutrality of
(1) an increase in government bonds associated with a future tax
increase,
(2) an increase in the monetary growth rate, and (3) a balanced budget
expansion.
These neutralities are due to a special formulation of consumers'
preference. The paper then surveys five general configurations that
result
in nonneutrality: (1) a varing time preference rate (2) an overlapping
generation model (3) a money in production function (4) population
growth
and (5) a distortionary tax. Although each of these models have
slightly
different implications, the consequences of the first and second policy
instruments for capital formation and inflation seem to be robust. A
higher
level of government bonds is likely to reduce capital formation and
decrease
the inflation rate in models (3) and (4). An increase in the monentary
growth rate promotes capital formation in models (1), (3) and (4). The
effects of balanced budget expansion depend on the specification of the
characteristics of government expenditure.
The Economic Effects of Repealing Light Taxation on Dividends: An Analysis of 1989 Corporate Tax Reform
Economic Review, Vol. 42, No. 2, April 1991, pp.127-138
本稿は,昭和63年度の法人税制改革案の経済的効果をシミュレーション分析によって考案する。 本稿では,税制改革の投資誘因への影響を限界実効
税率を用いて,税収入への影響を平均実効税率を用いて,また株式価格への影響を平均qを用いて,それぞれ分析する。 平均・限界実効税率と平均qは,新し
い資本と古い資本への負担関係を表現するときに密接に関連しあっていることが,Iwamoto(1988a)によって示されており,本稿でもこの議論に基
づき,今回の税制改革が新しい資本と古い資本の負担関係をどのように変えるかを検討する。 また,配当課税をめぐる理論的想定の違いが税制改革の評価に重
要な影響を与えることも示す。
シミュレーションでは
(1)基本税率の引き下げ
(2)配当軽課制度の廃止
(3)(1),(2)を組み合わせた改革案
(4)引当金・準備金制度の廃止
の4つの改革項目を検討する。
シミュレーションの結果では,改革案は平均・限界実効税率をともに低下させ,株価も低下させる効果を持つことが示される。 平均実効税率の軽減による負
担軽減分は,配当課税に対する伝統的な見解のもとでは,新しい資本と古い資本に平等に分配されるが,新しい見解のもとでは,新しい資本の負担をより多く引
き下げる。
This paper calculates and compares marginal effective corporate tax rates in Japan and the United States from 1980 to 1990. The marginal effective tax rates were higher in Japan than in the United States because the United States corporate tax system had powerful investment encouraging provisions which were not employed in Japan. The difference of the cost of capital was not significant because United States corporations faced a higher cost of funds.
A Normative analysis of public investment policy has been developed from the theory of optimal capital stock determination. Since social capital stock data are more difficult to measure than public investment flow data, this paper develops a method of policy evaluation which relies on flow data. A formula for the optimal ratio of public investment to output is derived under the assumption of a steady state and Cobb-Douglas production technology with social capital. Its empirical application to postwar Japanese data shows that the calculated optimal investment rate is between twice and three times the actual rate.
わが国の法人企業の税負担の問題に関して,近年多数の研究が行われるようになった。従来の研究では,税支払額での負担面を計測する「平均実効税
率」を用いた接近法と,資本コストへの撹乱効果を表現する「限界実効税率」を計測する接近法が用いられてきた。ところが,この2つの実効税率の関連はこれ
まで明確ではなく,両者は別個の問題意識のもとで,独立に分析されるにとどめられていた。本稿では,この2つの実効税率を関連付けたIwamoto[12]の分析枠組みにしたがっ
て,1963年から87年までの日本企業の平均・限界実効税率を計測し,両者を有機的に統合しながら,わが国の法人税の経済的効果の分析をおこなう。
Iwamoto[12]は,2つの実効税
率を用いて,法人税の経済的効果を資本コストへの撹乱効果と,既存の資本の資産価格の再評価による定額税効果の2つに分解する方法を考案した。この手法を
用いることにより,本稿では,日本の法人税制は撹乱税効果によってほとんどの税収入を挙げていたとみなせることが示される。
また,法人税負担の時系列的推移については,これまでの研究で対立した結論が導かれているが,本稿の計測結果によれば,60年代と80年代を比較する
と,平均・限界のどちらかの実効税率で見ても,法人税負担は80年代に顕著に増加していることが観察される。この法人税負担の上昇の要因分解をおこなう
と,インフレ率の上昇,借入れ比率の低下,法人税率の上昇の順に大きな影響をもったことが示される。
(論文への補足 インフレ率の出所が明記されていませんが,消費者物価指数上昇率を使用しています)
This paper analyzes the long run effects of budget deficits on capital formation and inflation using the concept of the real budget deficit. The paper shows that in the long run the real deficit has policy implications that are opposite to the traditional budget deficit adopted in previous theoretical work. Under the real deficit framework, budget deficits depress capital formation in the debt financing case or the constant expenditure case, but facilitate capital formation in the money finance case with constant tax revenue. The paper also considers how alternative specifications of the savings base affect these conclusions.
財政赤字問題の最近の研究において,政府負債の実質価値の変動に関心を持った実質財政赤字の概念が注目を集めている。本稿は,日本の財政赤字問 題の考案に,この実質財政赤字概念を適用し,従来の議論にあたらしい論点を加えることを試みる。実証面では,日本の実質財政赤字を計測して,貯蓄投資バランスに与える影響を検討する。実質財政赤字概念に基づいたときには,政府部門の赤字の貯蓄投資バランスに与えるインパクトは,従来の議論でいわれるよ りも大きいことが示される。理論面では,名目財政赤字概念に基づいた従来の理論分析は長期均衡状態の現実への適用に問題点があることを指摘し,それにかわる分析手法を提唱している。財政赤字の資本形成・インフレーションに与える影響に関して従来得られていた分析結果は,本稿のあたらしい分析手法のもとではからずしも維持されないことが示される。
Using a life-cycle growth model, we analyze the consequences of aging and the effects of the social security system. The model computes the wage rate, the interest rate and the level of capital accumulation both for the initial steady state and for the steady state associated with the aging of population. It is shown that the capital-labor ratio decrease drastically with the aging of population if the present social security system is maintained. In addition to the behavioral simulation analysis, we estimate the parameters of the utility function and make a sensitivity analysis of the life-cycle growth model. The sensitivity analysis shows that the most sensitive parameter in the model is the elasticity of intertemporal substitution in the utility function. However, this parameter is very unstable one in the estimation.