(本稿は,『日本経済新聞』2008年6月2日朝刊,「経済教室」に掲載された。)

ねじれ国会の政治経済学

岩本 康志
・ねじれ国会に政治経済学の知見活用可能
・立法と行政で多数派が異なる現象は頻発
・「分割政府」では慎重な意思決定の可能性

 衆議院と参議院で多数派が異なる国会のねじれ現象のもとで意思決定が滞っている。政治過程が変容し,そこで形成される経済政策に変化が生じれば経済学も無関心ではいられない。特に政治家や有権者の行動を経済学の手法を用いて定式化し,政治過程を分析した政治経済学は大きな研究分野に成長している。ねじれ国会について,経済学の知見で何が語れるのか。
 ねじれ国会は,日本の統治機構の特異な構成によって生み出された。これを理解するには,統治機構の基本的な考え方を押さえる必要がある。
 統治機構には,二つの類型がある。ひとつは英国に代表される議院内閣制で,その理念は「権力の集中」にある。二院制だが上院の機能は制限され,実質的には一院制である。下院の多数派政党が内閣を構成し,立法府と行政府の権力が一体となることが予定されている。一方,米国に代表される大統領制の理念は「権力の分散」である。大統領と議会の選挙は別々で,大統領支持政党と議会多数党が食い違う可能性も制度自体が想定している。権力が相互チェックすることが大統領制の趣旨であり,議会には大統領のけん制が期待される。
 では議院内閣制をとる日本が「権力の集中」型かというと,単純にはそういいきれない。日本の議院内閣制は英国をモデルにしながら,参議院が特殊な地位にあるからだ。首相の指名は衆議院の議決が優先され,首相の問責決議が憲法の規定にないなど,参議院は実質的には首相任免の権限を持たない。逆に首相は参議院を解散できない。つまり衆議院と内閣は一体化して権力の集中を図っているが,参議院と内閣では権力が分散される「二元代表制」といえ,その意味で大統領制的な性格も持っている。日本の統治機構は,権力を集中させたいのか,分散させたいのか不明確な点が問題であるともいえる。
 権力の集中を図るのなら,一院制に移行するか,参議院の機能を制限すべきだ。
 他方,権力を分散させるとの方向でみれば,今のねじれ国会も制度が想定するものと位置づけることができる。そうなるとねじれ国会を異常視できなくなる。別々の選挙で選ばれる両議院に対等な地位が与えられていれば,多数派が違うことも現行憲法は想定していると解釈すべきだ。二大政党が拮抗(きっこう)するなら,半分の期間で国会がねじれても不思議ではない。
 現行憲法が変わらないという短期的な視野では,ねじれ国会をいわば所与として,どう意思決定していくかしっかりと考えることが重要だ。その際参考になるのは,大統領制をとる米国の経験だろう。

米国での政府と議会の関係と政府支出
政権 分割/統一 実質政府支出の伸び(年平均、%)
アイゼンハワー 分割 0.4
ケネディー/ジョンソン 統一 4.8
ニクソン/フォード 分割 2.5
カーター 統一 3.7
レーガン 分割 3.3
ブッシュ 分割 3.4
クリントン 分割 0.9
(資料)米ケイトー研究所

 米国では,大統領支持政党と両議会多数派が一致するときは「統一政府」(united government),いずれかの議会多数派が大統領支持政党でない事態を「分割政府」(divided government)と呼ぶ。アイゼンハワーから現在のブッシュまでの9代の大統領のうち,分割政府に直面しなかったのは,3人のみである。議会選挙ごとにみると,最近40年で分割政府だった期間は実に30年を占める。戦後常態化した分割政府は,政治経済学でも重要な研究課題である。
 分割政府の状態では,大統領の意向に沿った法案を議会が否決したり,議会が可決した法案に大統領が拒否権を行使したりして,意思決定が滞ることが確かに生じる。だが米シンクタンク,ケイトー研究所のニスカネン所長は,以下の3つの点に着目した。
 まず,分割政府で合意を得るのは難しいが,いったん得られた合意は広い支持層をもつため長続きしている。第2に,戦争が抑止される。両世界大戦への参戦,朝鮮,ベトナム,イラク戦争はすべて統一政府の時期に起きた。最後に,「小さな政府」の支持者には好ましい現象だが,政府支出の成長率は分割政府の時期のほうが低い(左表)。
 こうした好ましい結果がもたらされるのは,分割政府では慎重な意思決定がおこなわれるためだと同所長はみる。
 分割政府が頻繁に起きるのは,米国の有権者がそれを望んでいるからだとの見方もある。米国では隔年で議会選挙がある。大統領選挙と同時にある議会選挙では,投票した大統領とは違う政党に投票する有権者がいる。また,中間選挙では,大統領の支持政党が議席を減らす傾向があることが知られている。
 この理由について,1995年のアレシナ(ハーバード大),ローゼンタール(プリンストン大)両教授の研究は,大統領をけん制する力を議会にもたせ,大統領と議会が妥協して中道の政策が実現されるように,有権者が投票を操作する点に求めている。単純に支持政党に投票しないという行動が合理的な戦略として成立するかどうかは理論的には難しい課題だが,両教授はそのような現象が生じる可能性を理論モデルから導いた。

 そもそもどんな統治機構を選択するのが望ましいのか。議院内閣制か,大統領制かという体制の違いが政策形成にどう影響するのか。
 まず,民主制の最大の関心事である権力の腐敗を防ぐ面ではどうか。ペルソン(ストックホルム大)とタベリーニ(ボッコーニ大)両教授が2003年にまとめた研究書『憲法の経済的影響』は,民主制をとる八十五カ国の統治機構と経済政策に関するデータを収集,実証研究を行ったものだ。議院内閣制では政権交代という潜在的な圧力で議会多数派をけん制するが,大統領制では現実に大統領と議会がけん制し合う意味で,より強い働きが期待される。
 実証研究では,民主主義の歴史が長い国では大統領制の下で政治腐敗が少ないことが観察されたが,全体の国が対象では,影響ははっきりしない。大統領制だけではなく,民主主義が機能しているかどうかが重要であるといえる。
 では政府の規模はどうか。『憲法の経済的影響』では,大統領制国家では議院内閣制の国より政府支出が国内総生産(GDP)比でみて五%程度少ないと結論づけた。ペルソン,ローラン(カリフォルニア大バークレー校),タベリーニの3教授による2000年の理論研究は,それは議院内閣制では支出拡大を望む政治家の合意がとりやすいが,権力が分散する大統領制では合意形成が難しく,財政規模が小さくなるからだとみる。理論的な予想と実証研究の結果が合致している。ただし,そうした小さな政府が,常にその国の経済的厚生にとって最も望ましいとは限らない。
 税制に関する合意形成も難しい。支出と収入の差である財政赤字への影響がどうなるかは理論的には確定しない。『憲法の経済的影響』での実証分析でも大統領制と議院内閣制の国の間で財政赤字に有意な差が観察されていない。
 なお,大統領制は民主主義が成熟していない国に多く見られるため,経済政策の違いが大統領制の影響なのか,それ以外の政治的・社会的要因の影響なのか区別されていることが,因果関係を語る上での前提になる。両教授の研究はその点を注意深く考慮しているが,専門的にはまだ,議論の余地がある。


 以上見てきたように,最近の政治経済学では,統治構造の違いが政策に与える影響が理論と実証の両面から解明されてきた。ただし,政策の意思決定過程は抽象化されているので,全体的な傾向は把握できても,政局の行方を詳細に予言できるほどの精度はないという限界がある。また,日本の統治機構を考える上で大統領制が参考になるといっても,ここで紹介した研究を直接適用できるわけではない。何が適用できる知見かを仕分けすることが必要だ。
 現状の大きな課題は,ねじれ国会の中で意思決定していく術(すべ)を与野党が体得するかどうかである。米国では権力の分散を図る統治機構の理念が理解されており,分割政府では両勢力が妥協しながら意思決定していくというのが,研究者,政治家,有権者の共通の理解である。日本が米国の理解と実践を共有するのか,それとも意思決定の機能不全が常態化するのか。これからの展開は,注目に値する研究材料となるだろう。

(上記事に関する日経ネットPLUS掲載原稿)

 憲法記念日には憲法改正が話題にのぼりますが,今年は第4章・国会についての議論が見られたのは,国会のねじれ現象の影響でしょう。ねじれ国会の分析は基本的には政治学の領域ですが,アクターの行動を分析する際にはミクロ経済学の手法が強力なツールになります。また,経済学としても,政策を与件としてその影響を分析するだけではなく,政策がどう形成されるかにも関心が向けられるようになっています。
 今回紹介したアレシナ,ペルソン,タベリーニ教授は,政治過程に関する経済学的分析の最近の進歩に大きく貢献しました。また,彼らの共同研究者のローラン,ローゼンタール教授は政治学者であり,経済学者と政治学者の共同研究がごく普通のことになっています。
 ただし,日本のねじれ国会を直接扱った研究はありませんので,ヒントとなりそうな研究から,日本の状況に適用できる知見を拾い出さないといけません。不注意な適用をしないように,まずは議院内閣制と大統領制に込められている統治機構の理念を理解しておくことが大事です。
 例えば国会同意人事で両院を対等の地位にすることで日本銀行総裁の空席を招いたことを考えると,法律や予算よりも慎重で,憲法改正なみの手続きをとることが適当かどうかは,当然に生じる疑問でしょう。そこで,一院のみの合意としている外国にならう改革も提案されています。ところが,米国では上院のみの合意,英国では下院のみの同意とされており,これを日本に当てはめる場合,衆議院のみの同意とするか,参議院のみの同意とするかでは,まったく性格が異なります。どういう統治機構としたいかという理念と切り離して論じることはできません。
 さて,参議院と内閣は別個の代表となるので,米国の大統領制のもとで出現する「分割政府」の知見が応用できないかというのが,今回の記事の考え方ですが,注意しなければいけないことがあります。
 米国では,二大政党が志向する政策にははっきりした違いがありますが,日本では政党の対立軸がはっきりしません。また,大統領は任期途中で退陣することはないので,日本のように野党が解散総選挙に追い込もうとする行動はありません。こうした点は,米国の状況を想定した研究を日本に適用する上で,一番問題になるところです。日本の統治機構に合わせた分析はこれから現れてくると思われ,現在非常に興味深い研究課題だと思います。
 紙面では紹介しきれませんでしたが,実証研究で統治機構から政策への因果関係がきちんととらえられているのかどうかが,専門的な議論では問題にされます。ペルソン,タベリーニ教授の実証研究ではスタンフォード大のホール教授とカリフォルニア大バークレー校のジョーンズ教授の研究で使われた操作変数を用いていますが,MITのアセモグル教授はそれが適切な操作変数であるかどうか疑問視しています。ただ,統治機構から政策への因果関係を検証する,よりよい方法はまだ見つかっていません。
 先進国では議院内閣制をとる国が多く,そのなかで選挙制度が比例代表制か,小選挙区制かの違いがどうなのかに関心がもたれており,ペルソン,タベリーニ教授の実証研究のもうひとつの柱になっています。その内容については,自己宣伝になりますが,2006年8月6日の経済教室での拙稿「政策決定 内閣主導確立を」で紹介しています。
 自己宣伝のついですが,ねじれ国会でどう意思決定していけばよいのかについては,4月の日本経済研究センターでの講演で取り上げました。その講演録は,『日本経済研究センター会報』6月号に掲載されています。

 最後に,紙面および本稿で紹介した研究の原典を紹介します。
Acemoglu, Daron (2005), “Constitutions, Politics, and Economics: A Review Essay on Persson and Tebellini’s The Economic Effects of Constitutions,” Journal of Economic Literature, Vol. 43, No. 4, December, pp. 1025-1048.
Alesina, Alberto and Howard Rosenthal (1995), Partisan Politics, Divided Government, and the Economy, Cambridge: Cambridge University Press.
Hall, Robert E., and Charles I. Jones (1999), “Why Do Some Countries Produce so much more Output per Worker than Others?” Quarterly Journal of Economics, Vol. 114, Issue 1, February, pp.83-116.
Niskaken, William A. (2003), “A Case for Divided Government,” Cato Policy Report, Viol. 25, No. 2, March/April.
Persson, Torsten, Gerard Roland and Guido Tabellini (2000), “Comparative Politics and Public Finance,” Journal of Political Economy, Vol. 108, No. 5, October, pp. 1121-1161.
Persson, Torsten and Guido Tabellini (2003), The Economic Effects of Constitutions, Cambridge, MA: MIT Press.


一般向け記事へ戻る

岩本康志のホームページへ戻る

(C) 2008 Yasushi Iwamoto