経済系研究所の統廃合について

(2003年7月17日) このページへ直接リンクされている方がいるため,レイアウトを変更しました。

「京大経 研と阪大社研は,独立の研究所として存続すべきである」(日本経済学会有志声明文)に賛同します。

(2003年1月30日)
 日頃,行財政改革に積極的な立場をとる私が自分の周辺領域だけ保守的になっているのではないか,と勘ぐられる方のために追加的に説明します。私の賛同し た声明文は,すべての経済系研究所を残せ,とはいっていません。

結局,附置研究所の何を評価したのか?

(2003年6月19日)
4月24日に発表された科学技術・学術審議会報告書と国立大学の法人化への意見です。

1 覆われた真実

 2002年10月に科学技術・学術審議会学術分科会に国立大学附置研究所等特別委員会(以下,特別委員会)が設置され,国立大学が法人化される際の附置 研究所の見直しについて審議を重ね,2003年4月に「新たな国立大学法人制度における附置研究所及び研究施設のあり方について」(以下,報告)が発表さ れた。
 読売新聞は2003年1月9日の「レベル低い国立研究所は廃止,文科省が3月に選別」と題した記事で,「文部科学省は8日,2004年の国立大学の大学 法人化に合わせて、研究活動が国際水準に達しない大学の研究所を廃止することを決めた。」と報じた。この過程で,経済系の研究所では京都大学経済研究所 (以下,京大経研)と大阪大学社会経済研究所(以下,阪大社研)がまな板にのせられたことがメディアで何度か報じられた。そして,特別委員会の最終報告に ついて,朝日新聞は4月24日の「東大・阪大の名門研究所に組織見直しで『注文』,文科省」と題した記事で,「『活動が十分に見えない』と酷評されたの は,東大社会情報研究所と大阪大社会経済研究所。他の研究所が外部機関に評価してもらった結果を受けて自己変革をしようとしているのに,『組織の見直しが 長い間、行われていない』とした。」と報じている。
 2つの新聞報道だけを読むと,阪大社研は活動レベルが低いと文部科学省に烙印を押されたように見える(京大経研には注文はつけられなかった)。しかし, 事実はかなり違う。2つの新聞記事が誤報をしているわけではないのだが,背後にある複雑な事情を限られた紙幅で正確に伝えることはきわめて難しいのであ る。実際に特別委員会が何をしたのかを,報告に沿って見ていこう。

2 特別委員会は何を評価したのか

 報告では,「国立大学の法人化に際して,従来の附置研究所等について適切な観点に基づき科学技術・学術審議会として見直しを行う必要がある。」とのべて いる。附置研究所は全国共同利用の附置研究所とその他の附置研究所に分かれるが,阪大社研が該当する後者については,以下の4つの見直しの観点があげられ る。

1 目的の重要性
 目的が学術研究上重要であり,重点的に発展させるべき分野に関わるものである
2 活動の全国的な意味
 全国的に意味のある研究活動を行っている
3 COE性
 研究活動の状況が国際的な水準にあり,我が国の研究機関としてCOE性を有している
4 組織性
 研究機関として,継続的に機能を発揮するに十分な一定の人的規模を有する

そして,「(それらの)点に関して,附置研究所と位置付けることがふさわしいかを総合的に判断すべきである」としている。
 この4つの観点のうち,もっとも重視すべきものはどれだろうか。読売新聞の記事は,(3)のCOE性を重視したと考えられる。この選択は当然であろう。 納税者から見れば,研究水準の低い研究所に税金が使われることは望ましくない。
 特別委員会は具体的な見直し作業で,9つの附置研究所にヒヤリングを実施した。ところが,報告では,目的の重要性,活動の全国的な意味,組織性について の指摘がおこなわれているが,COE性についてはまったく欠落している。
 阪大社研は,阪大本部との折衝と特別委員会のヒヤリングで一貫して,研究所のCOE性を訴えてきた。しかし,阪大社研が受けた指摘は,目的の重要性につ いて,「組織としての研究所の活動状況が十分に見えず,組織の見直しが長期間にわたって行われていない」というものであった。

3 阪大社研のCOE性

 阪大社研が訴えたCOE性については,特別委員会は何も触れていない。阪大社研のCOE性を認めたとも,認めないともいっていない。
 COE性の判断基準として,報告では「科学研究費補助金の採択状況,論文掲載・引用数,著名な外国人研究者の招聘,学術国際交流への取り組み状況等の要 素をもとに,総合的に判断」と記されている。このうち,研究者がもっとも重視するのが,論文掲載・被引用数である。阪大社研が作成した資料( PDF file )では,阪大社研と他の経済系研究所との研究実績が比較されている。資料の数値を絶対視するのは危険であり,集計方法によって各組織の数値が変動し,場合 によっては順位が変動することがあることを注意しておく必要がある。しかし,この「業界」の中にいる人間にとっては,阪大社研・京大経研と他の研究所の間 には,集計方法の違いによってもひっくり返らない有意な差があることは常識である。
 阪大社研は論文発表・被引用回数ともに日本最高に位置し,わが国で唯一,権威ある査読付雑誌を外国大学の経済学部と共同編集している機関である。このよ うな業界の常識を共有する人間の目からは,阪大社研が「研究所の活動状況が十分に見え(ない)」などと評価されることはまったく信じがたい。

4 特別委員会の評価は正当か

 報告では,目的の重要性の具体的な判断基準について,「第三者評価に基づく適切な組織の見直しが行われていることが重要である。具体的には,過去10年 以上全く組織の見直しが行われていないような附置研究所については問題があろう」とのべている。
 確かに阪大社研の組織は10年間変化がなかった。しかしながら,このことの実質的弊害はまったくない。阪大社研は理論経済学,計量経済学,経済統計学の 3大部門から構成されている。理論経済学,計量経済学とは広い範囲をカバーできる名称であり,理論的な分析も数量的な分析もやらない経済学研究者以外は誰 でも,この2つのどちらかに振り分けて所属させることが可能である。実際に,阪大社研はそのような運用で,幅広い分野の研究者を採用しており,旧態然とし た組織というイメージとはほど遠い。
 平たく言えば,特別委員会報告は,「いつも100点ばかりで進歩がない」と問題児扱いしたものである。
 阪大社研がこの10年間の間に,自らの組織上の何らかの問題を「捏造」したり,針小棒大にとりあげて改組をおこなっていれば,報告で低い評価を受けな かったかもしれない。しかし,国立大学で組織の改組をおこなうということは,大学本部と文部科学省を相手に多大の労力を割いて,延々と官僚的やりとりを積 み重ねることを意味している。阪大社研は愚直なまでに研究に専念するためにそれを避け,そのことに対する官僚組織の反応が特別委員会報告の評価だったとい える。

5 大学を機能させるために必要なこと

 特別委員会でおこなわれた見直し作業の最大の問題点は,それが小ざかしく低次元な役人的発想によるものだということである。このような発想は大学の運営 から完全に排除されなければならない。
 国立大学の法人化のねらいとして,民間企業的な経営手法を導入して,大学の裁量をより認めることがあげられている。しかし,運営費交付金の配分と中期目 標の設定において,文部科学省の裁量も高められようとしていることに注意しなければならない。民間企業の経営手法とは,経営者の才覚で組織の業績が大きく 左右されることを意味する。単に民間的経営手法を導入すれば,大学の運営が良くなるというわけではない。裁量をふるう人間がおかしなことをすれば,大学は おかしくなる。
 上でのべたように,阪大社研をめぐる一連の騒動は,文部科学省には大学を運営する資質がないことを証明している。したがって,国立大学の法人化で必要な ことは,できるだけ文部科学省の裁量が働かないような制度設計と運用をおこなうことである。
 第1に,学部・研究科の運営費交付金は教育への補助に重点を置いて,学生定員に応じた配分とするべきである。文系よりも理工系・医学系の教育の方が経費 がかかるのが当然であるが,学部ごとに違った単価を設定するべきであり,特定運営費交付金を文部科学省の裁量で配分する方式にしてはならない。附置研究所 の運営費交付金の配分については,研究者間の真摯な相互評価(ピア・レビュー)を最大限に尊重すべきである。
 第2に,文部科学省本省職員とOBが法人化された国立大学の理事・監事・職員になることを禁じて,国立大学法人の運営に一切関与させないことである。

Last Updated: 07/17/03, Yasushi Iwamoto