財投債と財投機関債 報告要旨

京都大学  岩本 康志

 財政投融資の改革のなかで,財投機関の資金調達の方法としては,財投債と財投機関債の2つの方法が提案されており,優劣の決着を見ていない。この報告は,社会資本を供給する財投機関への規律づけの観点から,2つの資金調達方法の機能を比較する。両者の違いは,政府保証の有無にあることから,資本構成の違いが企業を規律づける,企業金融理論の発展を応用することができる。しかし,財投機関に対しては,(1)政府が所有権を保有しなければならない。(2)政府からの補助金の存在によりソフトな予算制約の問題をもつ,という特徴がある。この2つの特徴を考慮にいれて,不完備契約の理論の発展を受けて進展してきた規律づけの議論を拡張して,モデル分析をおこなう。

 第1のモデルでは,準公共財型社会資本の供給について,納税者がその社会的便益を正確に知らない場合には,政府が実際よりも大きな便益を生むといつわって,必要以上の補助金を支出できることによって,過大な公共投資が発生する状態を考察した。もし財投債で資金調達する場合に,こうした補助金の支出が可能ならば,財投機関債の場合にも同額の補助金が獲得することができない理由はない。したがって,財投機関債購入者が正確な社会資本の便益を知ったとしても,政府は債務不履行が生じないように補助金を支出することによって,投資を実行することができる。

 第2のモデルでは,公的関与が必要な条件のもとで,経営努力へのインセンティブの与え方に注目した。現行制度および財投債で資金調達した場合には,ソフトな予算制約の問題で,経営者には努力インセンティブがまったく与えられない。財投機関債によって資金調達した場合には,経営破綻した場合にしか,資金供給者側にはインセンティブが与えられない。しかし,よほどの事情がない限り,政府および機関債購入者はともに,できるだけ経営破綻を避けようと行動する。したがって,財投機関債によって資金調達した場合にも,財投債と同じ帰結となり,財投機関債発行の独自の意義は存在しない。

 両者のモデルを綜合すると,財投機関債の利点と考えられている点は,実際には機能せず,財投債と同じ帰結におわる可能性が高い。政府の失敗は,市場の規律づけを粉砕してしまうほど強力である。適正な公共投資への資源配分をおこなうために重要なことは,政府を経由せずに市場でおこなうことではなく,たとえ困難が多くても政府の失敗を是正するよう努力することにある。

 つまり,財政規律が働かないときには,補助金が存在しない場合にしか,財投機関債による規律づけは機能しないことになる。補助金が必要な場合には,財投機関債が機能するためには,財政規律が確立されていることが必要である。したがって,財投機関債が機能する条件が整備されたら,財投債も機能する。この意味で,財投機関債の利点の根拠は限定的に考えざるを得ない。

 また,やや大雑把な言い方をすれば,社会資本を供給する財投機関においては,経営破綻は異常事態であり,そのような事態の発生に望みを抱くような制度改革の現実的意義はどれほど大きくない,と考えられるだろう。

 両者のモデルを綜合すると,本稿の主要な結論は,以下のようにまとめられる。現在の議論で,財投機関債の利点と考えられている点は,実際には機能せず,財投債と同じ帰結におわる可能性が高い。すなわち,政府の失敗は,市場の規律づけを粉砕してしまうほど強力である。適正な公共投資への資源配分をおこなうために重要なことは,政府を経由せずに市場でおこなうことではなく,たとえ困難があっても政府の失敗を是正するよう努力することにある。