(本稿は,『日本経済新聞』2009年6月1日朝刊,「経済教室」に掲載された。)
・90年代の日本めぐる議論が現在に役立つ |
世界同時不況に対応するため、各国が金融緩和を進めている。米国は昨年12月に事実上のゼロ金利政策へと踏み切った。欧州中央銀行は先月、ユーロ圏の市場調節金利を過去最低の1%とした。
中央銀行は金利を操作することで経済の安定化を図っている。しかし名目金利がゼロに近づき、一層の金利引き下げの余地が失われつつある。金利の操作という伝統的な金融政策の手段が失われたとき、つぎに打つ手は何か。
わが国は1990年代の経済の長期低迷期に、いち早くこの問題に直面した。金利が非常に低くなり、それ以上の貨幣供給が景気刺激効果をもたない状態は「流動性の罠(わな)」と呼ばれる。今回の世界的な経済危機によって、流動性の罠は日本だけに生じた特殊な問題ではなく、どの国でも直面するかもしれない問題であることが明らかになった。あらためて当時のわが国に関する議論を振り返ることは、現在の政策の選択を考える手助けになるだろう。
日本がゼロ金利政策に突入する前年の98年、クルーグマン米プリンストン大教授(肩書は現在、以下同)が重要な論文を発表した。彼の主張は、名目金利がゼロになって引き下げる余地がなくなっても、物価上昇率(インフレ率)を高くすることで、名目金利から物価上昇率を差し引いた実質金利を低下させることができ、生産が拡大するというものである。
クルーグマン教授の論点で重要なのは、時間という要素を考慮した動学的な設定のなかで流動性の罠を考えたことである。つまり、現時点では流動性の罠によって名目金利をマイナスにしなければ潜在的な国内総生産(GDP)の伸びを達成できないとしても、「将来」の貨幣供給が必ず増加するなら、将来の物価上昇を予想する「現在」の人々にインフレ期待が発生する。すると名目金利をマイナスにしなくても実質金利が低下して生産が拡大するのである。大事な点は、「将来」の貨幣供給の増加が確実でなければ、「現在」の貨幣供給だけをいくら増加させてもインフレ期待は生じないことだ。
また、中央銀行が貨幣供給ではなく、金利を操作する場合でも、将来にわたって低金利を継続することで流動性の罠の状態で生産が拡大することを、99年にウッドフォード米コロンビア大教授が指摘した。この場合も「現在」だけでなく「将来」も低金利を維持することが確実であると信認されることが重要である。
ところが、将来にわたる金融緩和を中央銀行がコミット(約束)するのは簡単ではない。将来、流動性の罠を抜け出した時点で考え直すと、過去の約束を守って景気の過熱につながる金融緩和を続けるより、金利を引き上げるのが望ましい。各時点で適切な政策を中央銀行の裁量で実行していると、クルーグマン教授やウッドフォード教授の提言を実現できないのである。
各時点の裁量で政策を選択するより、別の形の政策にあらかじめコミットする方がよい結果になる場合があることは、77年にキドランド米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授とプレスコット米アリゾナ州立大教授によってその理論的構造が解明されていた。両教授はこの業績で2004年のノーベル経済学賞を受賞している。金融政策でのコミットメントは重要な適用例だが、そのあり方は名目金利がプラスのときとゼロのときでは違ってくる。
まず、名目金利がプラスで流動性の罠には陥っていない場合を考えてみよう。物価が安定している生産水準で資源配分の非効率性が発生するときには、完全な物価安定よりも少しインフレにしたほうが、経済が拡張し資源配分は効率化される。つまり各時点の裁量で政策を選ぶとすると、少しだけインフレを起こしたほうが望ましい。しかし、そのことで人々の期待インフレ率が上昇すると、生産の拡大を伴わない悪いインフレをもたらしてしまう。中央銀行がそのような悪いインフレは起こさないとあらかじめコミットできれば、経済厚生(社会全体の経済的な満足度)はより高まる。このようにあらかじめコミットされた最適な政策と比べて、裁量政策はインフレ・バイアスをもつ。
一方、流動性の罠のもとでゼロ金利の場合は、将来も金融緩和を続けるというコミットメントが経済厚生を高める。裁量政策ではインフレ期待を形成できずデフレ・バイアスが発生する。名目金利がプラスの状況とはバイアスの方向が違うのだが、さらに重要な違いは、コミットすべき対象となる時期である。
名目金利がプラスのときのインフレ・バイアスへの対処法は、近い将来の政策へのコミットメントを明確にすることである。これに対し流動性の罠の状況では、そこから脱却したときの政策にコミットする必要がある。もし人々が流動性の罠から脱却するまで長い時間がかかると予想すると、遠い将来の政策へのコミットメントの効果を現時点に反映させるという難しい作業になる。
さらに、コミットメントを簡明な形で表現できないという問題もある。クルーグマン教授は、日本が物価上昇率4%のインフレ目標を掲げることを提言したが、その目標実現を具体化する手段が明示されておらず、民間のインフレ期待が形成されるメカニズムは明らかではない。
こうした事情を考えると、同じインフレ目標と呼ぶにしても、流動性の罠の状況と、名目金利がプラスの状況との間では、信認を得ることの難しさがかなり違うと考えられる。流動性の罠のもとでも信任を得ることにと楽観的であるか、あるいは悲観的であるかの見解の違いによって、インフレ目標への支持が分かれるだろう。
日銀がとったゼロ金利政策では、金融緩和を長期間続けると表明することで長期金利を低下させ、金融緩和を図ったとされる。これは「時間軸政策」と呼ばれる。ウッドフォード教授の提言の趣旨と一致するが、実際にこれが試みられたのは、ウッドフォード教授の論文が発表される前である。当時の日銀審議委員であった植田和男東大教授によれば、日銀が試行錯誤の末、独自にそれを見いだしていったそうである。
ただ、日銀の時間軸政策はクルーグマン教授の期待するような実質金利の劇的な低下をもたらすことはなかった。どれだけの政策効果を期待するかで、時間軸政策の評価も分かれることになる。
流動性の罠に陥った場合、財政による経済刺激策をとってはどうか、というのが当然に出てくる疑問である。クルーグマン教授の98年の論文では、短期の財政拡大で流動性の罠から脱出するのは困難なため長期間の財政刺激が必要であり、政府債務が拡大することで長期的には損失が生じることを警戒している。一方で、昨年よりクルーグマン教授は、米国では大規模な財政刺激が必要だと主張している。この政策提言の違いはどこから生じるのだろうか。
日米両国の財政状況が違うと解釈することは可能である。また、現在、世界各国が大規模な財政出動を図っていることは、流動性の罠のもとでインフレ期待を形成するのは難しいということの証左ととらえることもできよう。もしインフレ目標政策が容易であれば、財政出動の前に活用できるはずだからである。
今回の経済危機に対する各国の対応を踏まえると、まずは伝統的な手段での金融政策で対処し、ゼロ金利まで低下すれば財政政策で対処する。財政事情が悪化して財政政策が限界に達したら非伝統的な金融政策を試みる、というのが、経験則として成立しそうである。
だが、日本は債務残高で見た財政状況が10年前より悪くなっているにもかかわらず、大規模な財政出動をおこなうことにした。大規模な財政支出と、非伝統的な金融政策の発動に、合理的な判断基準は確立できるのか。現在の重要な課題である。
(上記事に関する日経ネットPLUS掲載原稿)
1998年にクルーグマン教授がわが国に提言した物価成長率4%の目標の設定は,わが国で大きな反響を呼びました。「流動性の罠」が世界的な現象になってきた現在において,もう一度当時の議論を振り返ることにしました。
今回の記事では,
(1)金融政策のコミットメントの利益の理論的根拠は,1977年のキッドランド=プレスコット教授による「時間整合性」の議論である。金融政策を裁量にまかせず,ルールにコミットさせることで,より良い結果をもたらすことが,インフレ・ターゲットの主眼である。このことは,流動性の罠の状況と正の名目金利の状況で共通のものである。
(2)コミットメントの利益が発生する具体的なメカニズムは両者で異なる。正の金利の状況では近い将来の政策へのコミットメントが重要である。一方,流動性の罠では遠い将来の政策にコミットしなければいけない。そのため,その実現可能性と効果がだいぶ違う可能性がある。
ことを解説しています。
金融政策のコミットメントについては,ガリ教授の教科書『Monetary Policy, Inflation, and the Business Cycle』が包括的に解説しています。流動性の罠での金融緩和と日本銀行の対応については,植田教授の著書『ゼロ金利との闘い』が参考になります。紙数の制約で記事では触れられなかった,その他の非伝統的な金融政策である「量的緩和」,「信用緩和」等についての解説もされています。
流動性の罠の状況でいかに将来の金融緩和にコミットするか(デフレ・バイアスを解消するか)については,エガートソン博士の精力的な研究が有名ですが,懐疑論者を説得できるような,決定的な方法は見出されていません。
記事では細かく書けませんでしたが,金融政策のコミットメントについての専門的な内容について整理しておきます。
1977年にキッドランド=プレスコット教授によって分析された「時間整合性」の議論は,自然科学や工学には見られない,経済現象独特のものです。自然現象と違って,経済では人々が将来のことを予想しながら行動するので,将来の期待が現在の経済現象に影響を与えます。そのため,金融政策の事例では,将来の政策スタンスが現在に影響を与えることを考慮して,将来の政策を決めることが最適な政策になります。しかし,その将来の時点になってあらためて考えると,その時点の政策が過去に与える影響はもはやそのときの考慮の対象ではなくなります。このため,政策の選択基準が時間とともに変化してしまうのです。
金融政策のコミットメントの議論は,モデルの想定の違いによっていくつかの種類に分かれます。まず,1983年にバロー=ゴードン教授によって,フリードマン=フェルプス型の期待フィリップス曲線のもとでの金融政策のコミットメントがくわしく研究されました。
ニュー・ケインジアンのモデルでは,効率的な資源配分が達成される「効率的GDP」と,物価が伸縮的に調整される場合に実現する「自然GDP(または潜在GDP)」が区別されます。
ニュー・ケインジアン・フィリップス曲線のもとでの金融政策のコミットメントの効果については,効率的GDPと自然GDPが一致する場合について,1999年のクラリダ=ガリ=ガートラー教授の研究で示されました。費用上昇ショックの発生(短期的に物価上昇と生産拡大のトレードオフが生じる)に対しては,時間をかけてショックを吸収するのが最適政策となります。しかし,裁量的な政策ではショックが起こった後にはすぐに平時の対応に戻ってしまうため,「安定化バイアス」と呼ばれています。こうした状況でのコミットメントに基づく金融政策の運営ルールとして導かれたのが,日銀レビュー05-J-15『新しいケインズ経済学の下での最適金融政策分析:裁量とコミットメントの意義』で解説されている内容は,この範疇に属します。
バロー=ゴードン教授の研究でのインフレ・バイアスは,効率的GDPと自然GDPが一致しないことから生じています。ニュー・ケインジアン・フィリップス曲線のもとで,同様のメカニズムを入れたのは,2003年のウッドフォード教授の著書や2005年のベニグノ=ウッドフォード教授の研究になります。この状況は,恒久的な費用上昇ショックが発生している状況と解釈することもできます。
インフレ・ターゲットでひとまとめにするのではなく,流動性の罠の状況も加えて,それぞれの状況の違いをきちんと理解した上で考えていくことが大切です。
最後に,記事で引用したものを含めた,関係する文献を紹介します。
Robert J. Barro and David B. Gordon (1983), "A Positive Theory of
Monetary Policy in a Natural Rate Model," Journal of Political Economy, Vol. 91, No. 4, August, pp. 589-610.
Pierpaolo Benigno and Michael Woodford (2005), “Inflation Stabilization
and Welfare: The Case of Distorted Steady State,” Journal of European Economic Association, Vol. 3, No. 6, December, pp. 1185-1236.
Richard Clarida, Jordi Gali, and Mark Gertler (1999), “The Science of Monetary
Policy: A New Keynesian Perspective,” Journal of Economic Literature, Vol. 37, No. 4, December, pp. 1661-1707.
Gauti Eggertson (2006), “The Deflation Bias and Committing to Being Irresponsible,” Journal of Money, Credit, and Banking, Vol. 38, No. 2, March, pp. 283-321.
Jordi Gali (2008), Monetary Policy, Inflation, and the Business Cycle: An Introduction to the New Keynesian Framework, Princeton University Press.
Paul R. Krugman (1998), “It’s Baaack: Japan’s Slump and the Return of the
Liquidity Trap,” Brookings Paper on Economic Activity, No. 2, pp. 137-187.
Finn E. Kydland, and Edward C. Prescott (1977), "Rules Rather than Discretion: The Inconsistency of Optimal Plans," Journal of Political Economy, Vol. 85, No. 3. June, pp. 473-492.
三尾仁志(2005),『新しいケインズ経済学の下での最適金融政策分析:裁量とコミットメントの意義』,日銀レビュー,05-J-15。(http://www.boj.or.jp/type/ronbun/rev/data/rev05j15.pdf)
植田和男(2005),『ゼロ金利との闘い』,日本経済新聞社。
Michael Woodford (1999), “Commentary: How Should Monetary Policy Be Conducted
in an Era of Price Stability?” in New Challenges for Monetary Policy, Federal Reserve Bank of Kansas City, pp. 277-316.
(http://www.kc.frb.org/publicat/sympos/1999/S99wood.pdf)
Michael Woodford (2003), Interest and Prices: Foundations of a Theory of Monetary Policy, Princeton, Princeton University Press.
(C) 2009 Yasushi Iwamoto