高速道路建設の是非

岩本 康志

2003年3月

 道路関係四公団の民営化による経営効率改善よりも,非効率な路線の建設を止めることが,経済厚生の損失を縮減するためにはるかに重要である。
 費用便益分析によって新規高速道路の建設が正当化されているが,わが国の道路の費用便益分析は便益を過大に評価している可能性が高い。強い政治的圧力のかかる高速道路の建設では,恣意的な操作が入りやすい判断基準よりも,操作が困難で客観性が確保できる判断基準を採用するべきである。この条件にかなうものとして,個別路線で採算が確保されることを建設の条件とし,料金収入を便益の指標とした費用便益分析をおこなうことを提案する。
 この考え方によれば,整備計画路線を完成させることは13兆円(事業費の約3分の2)の社会的損失をもたらす壮大な愚行である。

焦点は新規路線建設の判断

 道路関係四公団の民営化によって経営効率の改善を図ることよりも,非効率な路線の建設を止めることが,経済厚生を改善するためにはるかに重要である。料金プール制のもとで基幹路線から内部補助を受けて建設される予定の路線については,地域の要望があることをもって建設が正当化されるわけではない。
 高速道路の建設スキームがどうあるべきかについての経済学的考え方は約40年前に基本的な骨格ができて,現在まで本質的なところに変更はない。しかし,道路関係四民営化推進委員会に経済学者は1人も含まれなかったこともあり,道路公団民営化をめぐる議論には経済学的視点が十分に生かされていない。
 効率的な資源配分を達成する道路利用と道路建設は,道路の使用料が適切に徴収できるときには以下のようにするのが望ましいことが知られている。混雑( 注1 )が起きていない道路では,建設費の利子費用と維持管理費をまかなう料金が徴収される。混雑が生じる場合には,利用料を高めに設定して交通量を抑え,料金収入であらたに道路を建設すると社会的に望ましい道路容量が達成できる。したがって,民間会社や独立採算の公企業が有料道路建設をおこなう仕組みはこの意味で合理的である。
 しかし道路の使用料をきめ細かに徴収することが技術的に困難であるため,一般道路は無料使用が原則となっている( 注2 )。このため道路は採算がとれないし,道路と競合する交通インフラ(鉄道,港湾,空港)は独立採算では過小な収入しか望めず,過小投資になる。したがって,投資の意思決定は費用便益分析に基づいておこなわれ,高速道路も道路関係公団やそれが民営化された機関の採算性で判断するのは妥当ではないとされている。
 国土交通省による道路の費用便益分析マニュアルでは,走行時間を節約できる便益,走行費用を節約できる便益,事故を減少させることができる便益の3種の便益が計上される。事業完了後40年間の便益と費用を社会的割引率(4%)で割り引いて,便益を費用で割った値(B/C)が1.5以下の道路は建設しないとしている。
 高速自動車国道の整備計画路線はいずれも便益が費用の1.5倍以上あるとされており,民営化会社で採算がとれなくても,国費を投入してでも整備計画を完成すべきであるということになる。

費用便益分析への疑問

 しかし,わが国の費用便益分析にはB/Cを過大に評価しているのではないかという疑いがある。これを裏付けるいくつかの証拠を提示しよう。
 まず,国土交通大臣までが建設の誤りを認めた本州四国連絡橋のB/Cは1.7で,年間2500億円の利用者便益があり(2000年12月の中間評価),建設の判断に誤りはなかったとされる。費用便益分析における便益とは,国民が当該社会資本にいくら支払ってよいかと考える価値を指す。ところが本四架橋の利用者が2000年度に実際に支払った料金は860億円であり,これ以上の収入をあげることに本四公団は四苦八苦している。もし費用便益分析が示すように2500億円の利用者便益があるならば,860億円で安売りせずに,料金値上げをすれば本四公団の経営問題は霧消する。政府は,国民は本四架橋に2500億円支払う意思があるから本四架橋は建設する価値があったことと,国民は本四架橋に860億円しか支払う意思がないから本四公団の債務を処理しなければならないことを,同時に主張しているのである。費用便益分析を前提にした結論が受け入れがたければ,問題は費用便益分析にある。
 利用者便益の大部分は,時間節約価値である。これは交通量と節約時間と時間価値の積で表される。交通量の予測に恣意的な要素がはいることから,過大に見積もられているのではないかとかねてから指摘されている。同時に,時間価値の設定にも問題がある。現在の費用便益分析のガイドラインは『毎月勤労統計調査』(厚生労働省)から計算された平均賃金を時間価値として,老人から中学生までの乗車人員に対して適用している。しかし,すべての乗車人員が労働者ではなく,すべての交通が商用でないことから,この時間価値の適用方法は過大評価につながる。
 整備計画路線ではB/Cが1.5をぎりぎり超えているだけの路線が多いことは,建設を進めたいという配慮が働いているのではないかと邪推させる。

採算性に基づく判断基準が必要

 政治的圧力の強い高速道路の新規建設では,恣意的な操作が入りやすい判断基準よりも,操作が困難で客観性が確保できる基準を採用するべきであろう。この条件にかなうものとして,個別路線で採算が確保されることを建設の条件とすることを提案する。料金収入は高速道路の利用者便益の下限を示す有用な指標となると考えられる。利用者は高速道路の便益が料金よりも大きいと感じれば高速道路を利用し,そうでなければ並行する一般道路を利用する。料金収入に反映されない社会的便益もある程度は存在するが,このような巨大事業は国民が十分に監視できる透明性を確保することが必要であり,目に見える料金収入を建設の意思決定に活用するべきである。そして料金を適切に設定するように努力すれば,合理的な道路建設の意思決定となる。
 これから建設される予定の路線の採算がとれないことはすでに民営化推進委でも確認されているが,ここでは公表された資料をもとに,採算性にもとづいた整備計画の費用便益分析(2002年3月末時点で評価)を独自におこなってみる(推定の詳細はこちら[ PDF file ]を参照)。推定手法の都合上,B/Cにかわり,収益率=(毎年の便益/事業費)を指標としているが,収益率が4%を超えれば,便益の現在価値が事業費を上回る(B/Cが1を上回る)。将来の交通量については,予測の正確さを競うのが本意ではないので,きわめて単純な仮定を置いている。全線未開通やほとんど開通していない路線については近隣路線の実績値を使用し,大部分が開通している路線には開通部分の実績値を適用した。
 便益は政府の費用便益分析での値を大きく下回る結果となる。表に示された通り,全体の収益率は1.55%と非常に低く,便益は費用に遠く及ばない。整備計画の生み出す便益の現在価値は事業費よりも13.2兆円も小さい。これは社会的損失となり,事業費の約3分の2はどぶに捨てる勘定になる。路線ごとに見ると,外環道や第二東名,第二名神など交通量の見込まれる路線では事業費単価が非常に高く,逆に事業費単価の低い地方路線では交通需要が少ない。このため,すべての路線で収益率は4%を下回る。たとえ交通需要予測を精緻化しても,ほとんどあり得ないような交通量増を想定しない限り,建設を可とする路線は出てこない。

表 整備計画路線の収益率と純便益

道路名
残延長
(km)
営業余剰
(百万円
/km)
事業費
(10億円)
キロ当たり
事業費
(10億円)
収益率
(%)
純便益
(10億円)
道央道
117
60
343
2.93
2.05
-168
札幌道,道東道
281
47
855
3.04
1.56
-523
八戸道
29
31
131
4.52
0.68
-109
釜石道,秋田道
44
27
212
4.82
0.56
-182
日本海東北道
155
27
822
5.30
0.52
-716
東北中央道
111
27
679
6.12
0.44
-604
外環道,常磐道
100
268
459
4.59
2.94
-122
館山道
20
271
149
7.45
3.64
-13
外環道,東関東道
37
620
1,351
36.51
1.70
-778
北関東道
80
42
553
6.91
0.60
-469
中央道,名神
3
426
127
42.33
1.01
-95
東海北陸道
40
43
163
4.08
1.07
-120
第二東名,伊勢湾岸道
280
341
6,139
21.93
1.58
-3,712
中部横断道
91
43
747
8.21
0.56
-642
東名阪道,西名阪道,近畿道
18
664
460
25.56
2.60
-161
伊勢湾岸道,第二名神
158
332
3,919
24.80
1.45
-2,503
阪和道
130
173
757
5.82
1.30
-511
舞鶴若狭道
75
68
490
6.53
1.04
-363
播磨道,鳥取道
68
43
354
5.20
0.83
-281
岡山道,米子道
5
43
12
2.40
1.79
-7
尾道道,松江道
123
43
577
4.69
0.93
-442
山陰道
18
43
93
5.17
0.83
-74
高松道,高知道
129
90
749
5.81
1.56
-458
長崎道,大分道
34
140
163
4.79
2.93
-44
東九州道
246
140
1,262
5.13
3.60
-125







合計
2,393
201
21,566
9.01
1.55
-13,220

 したがって,のこされた整備計画路線を完成させることは全体として日本経済に巨額の損失をもたらす壮大な愚行であるといえる。( 注3

内部補助・外部補助を断つ

 今後の高速道路政策は,以下のような考え方をとるべきである。
 縦貫道の黒字をあてにした内部補助はやめ,個別路線の費用便益分析によって建設の判断をおこない,政治的圧力による建設をやめることが原則である。ただし,事業費を切り詰めれば採算が確保できる路線もある。これらは安全性等に配慮しながら建設費を節約する形態(中規格道路と呼ぶべきもの)に転換すれば建設の道が開けるかもしれない。交通量が期待できない路線は既存の一般国道の改良で対処することを検討するべきである。
 内部補助を断つためには,国と地方の役割分担の見直しにも踏み込む必要がある。縦貫道以外の路線は縦貫道に接続することでその地域に便益を与えるものであり,地方の負担と責任で整備してかまわない性格をもつ。国が整備する責任のある路線は縦貫道に限定して,それ以外は幹線に接続することによる利益を享受する地方自治体の責任のもとに整備する仕組みを考えるべきである。
 政府は今後,高速道路建設に国費を投入することを決めた(新直轄方式)。これは民営化された会社では新規建設が困難になることを見越したためである。しかし,本当に重要な問題は,国や地方が費用を一部負担してまで高速道路の建設を続けるべきかどうかにある。上の分析が示したように,新規の路線に国費を投入してでも建設する価値はない。建設費の償還はどのような方法をとっても国民負担であり,民営化会社の採算はとれても社会的な観点からは国民負担が生じるような新直轄方式で不採算路線の建設が進むようでは,改革の意味がない。

(注1) 「混雑」とは,交通量が増加することによって,交通速度が低下する状態として,理論的に厳密に定義されている。道路利用に負の外部性が発生しているといいかえることもできる。

(注2) 道路特定財源で道路使用の料金を間接的に徴収していると考えるならば,道路建設を特定財源でまかなうことは合理性をもつ。有料道路制度により道路特定財源に加えて使用料を徴収しているのは,混雑料金を徴収して,道路建設を加速化していると解釈できる。したがって,道路関係公団に対して,交通量に見合った道路特定財源を投入することはかならずしも間違いではない。

(注3) ただし,すでに工事に着手した路線については,すでに投下した費用を控除した残事業費が評価の基準となる。進捗率と収益率の2つの情報から,続行か中止の意思決定ができる。精査が必要なものは全国でも数区間で,意思決定にはさほどの時間を要しない。

「費用便益分析への疑問」の一部を修正しました。(2003年4月)

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