大学での経済学の学び方
岩本 康志
この文書は,これから経済学を勉強しようとしている人たち(経済学部生だけではなく,他学部生,社会人,高校生も含みます)を主たる対象にして,大学で経済学を学ぶときにまず心得えておくべきことを説明します(大学院での経済学の学び方については,こちらをご覧ください)。
経済学を学ぶことの意義や,特定の科目の学習方法については,教科書や授業を通して説明されることと思います。しかし,かりにすべての履修科目で優秀な成績を修めても,全体的な手順が悪ければ,かならずしも充実した学習とはならないおそれがあります。効果的に経済学を学習するためには,最初に,(1)大学で経済学を学ぶことが将来の進路とどう関連しているのか,(2)経済学部のカリキュラムはどのような方針で編成されているのか,を理解しておく必要があります。
なぜ大学で経済学を学ぶのか
経済学を学ぶことの意義については,入門用の教科書がいろいろと工夫して説明していますので,ここでは繰り返しません。「大学で」学ぶことの意義を説明します。
大学での経済学のカリキュラムは,教養教育の一環として位置づけられます。その第1の目的は,将来どのような進路を選ぶとしても重要となる論理的思考能力を磨くことです。第2に,教養教育の題材として経済を対象にすることにより,現代の経済問題に対する理解を深めることができます。
経済という生々しいものを対象にしていることから,経済学部とは実践的な知識を身につけるところだと考えている人も多くいますが,これは半ば誤解です。この点をわかりやすく説明するために,大学で経済学と経営学のどちらを専攻するかという,多くの学生・高校生が迷う問題を考えてみましょう。
経営学を学ぶ目的は企業で働くための実践的な知識を修得することですので,大学を最終学歴として就職する学生が大学で経営学を専攻することは意義があります。しかし,大学院を最終学歴とする場合は,経営大学院で実践的な知識を修得し,大学では教養教育を受けることが普通です。経営学部から経営大学院に進学するのは賢い進路とは考えられません。
一方,経済学部で経済問題を抽象的に思考する能力を磨き,経営大学院で実践的な問題解決能力を磨くのは,大学・大学院を通して一貫した学習方針であるといえます。また,法曹でも経済に明るい人材が求められており,法科大学院へ進学する前提として,大学で経済学を専攻するのも良い戦略だと考えられます。もちろん教養教育の一環ですから,その他の大学院へ進学してもかまいませんし,大学を最終学歴として就職してもかまいません。
大学・大学院と続けて経済学を専攻する場合には,とくに注意しなればならないことがあります。大学院での経済学は高度に数学化されており,大学で物理学や数学を専攻した学生に適した専攻分野であるといえます。しかし,大学での経済学はより広い範囲の学生を対象にするために,数学的議論を抑えています。このため,大学で経済学を専攻する学生は,数学の準備不足にならないように,経済学部で要求される水準以上の数学科目を履修しておく必要があります。
大学での授業
カリキュラムの説明に進む前にまず,大学での授業時間割について,頭に入れておいてください。以下では,2学期制をとる大学を念頭に置いています。この場合,1学期が約15週間で,標準的な1科目が週3時間の講義となります。1学期に4科目を履修するのが,標準的です。
カリキュラムの全体像をおさえる
つぎに,経済学部のカリキュラムがどのような方針で編成されているのかを説明しましょう。
現在のところ文書化されたカリキュラム標準は存在しませんので,私が標準的と考えるカリキュラムについて
説明します。
まず,カリキュラムの構造は,大まかに以下のようなになります。
経済学を専攻することの中心部分は,「応用科目」を大学の要求する必要数以上履修することです。
各大学によって違いはありますが,応用科目としては,公共経済,金融,労働,国際経済,産業組織,開発経済,都市経済,環境経済,医療経済等の科目が用意されます。
応用科目は学生の関心に沿って比較的自由に選択履修ができますので,その履修手順については,ここでは触れません。
大事なのは,応用科目を履修する前提条件を満たす手順です。
応用科目を学ぶための基礎となるのが,図中に示したその他の科目であり,矢印で示した順番に履修していく必要があります。
履修の順番を誤ると,学習効果が十分に得られず,労力の無駄づかいになりますので,各科目の性格と科目間の関係を理解しておく必要があります。
以下は,基礎科目の性格について,(1)ミクロ経済学・マクロ経済学,(2)数学,(3)統計学・計量経済学の順番で説明をします。
ミクロ経済学・マクロ経済学
経済学のカリキュラムの出発点は,応用科目の基礎となる「コア科目」(core
courses)と呼ばれる部分です。コア科目はミクロ経済学とマクロ経済学に分かれ,それぞれがさらに入門(principles)と中級(intermediate)に分かれ,合計4科目で構成されるのが標準です。通常は,入門ミクロ,入門マクロ,中級ミクロ,中級マクロの順に履修します。
これらは経済学専攻のための必修科目であり,ほとんどの応用科目の履修要件(prerequisite)となります。ただし,経済学専攻でない学生のための経済学応用科目のなかには,入門科目のみを履修要件とするものもあります。
(入門科目)
入門科目で教えられる内容は基礎的なものにしぼられるので,ミクロでの無差別曲線,マクロでのIS-LM分析,等は中級科目に回され,入門科目では通常は扱われません。また,経済学を専攻する学生よりも教養科目として履修する学生の方が多いので,中級科目と違って数式は用いず,数値例およびグラフを用いた解説をおこないます。
(中級科目)
中級科目では,経済学専攻の学生が主流となってきますので,数式による議論がとりいれられます。多くの大学では微積分の知識を前提にしますが,学生が数学の準備をするのに何らかの制約がある場合には,微積分の知識を前提にしない授業となることもあります。
数ある科目のなかでカリキュラムの要となるものは,中級ミクロ経済学です。この科目は抽象的な議論が多く,多くの学生が苦労する科目ですが,ここで学んだ概念や議論は応用科目で度重なり使われます。すべての応用科目の基礎となるのが中級ミクロ経済学といえます。あとの応用科目の履修を効果的にするためにも,中級ミクロ経済学は最大限のエネルギーを投入して学習することを推奨いたします。
数学
予備知識のない数学が授業で使用されると,学習効率に大きな打撃を与えます。したがって,大学で経済学を学ぶためにどれだけの数学の準備が必要であるかは大変に重要です。高校数学の最低限の水準(I,A)を前提とした場合には,中級マクロ経済学,計量経済学でとくに顕著に内容や教授法に制約が出てきます。また,多くの応用科目にも影響が及びます。
高校数学(I,II,A,B)の知識を前提とした上で,中級ミクロ経済学の履修までに,大学数学2科目(微積分・線形代数)を履修させるカリキュラムを編成すると,ほとんどの科目での数学的な取り扱いの制約は解消されます。逆に,各科目で要求される数学の内容が,大学数学2科目に盛り込まれる形になります。学生が数学の準備をするのに何らかの制約がある場合以外には,この水準の数学が要求されます。
経済分析の数理構造をより深く理解するためには,さらに追加の追加の数学科目を履修することが推奨されます。まず,理系向けの高校・大学数学の科目を履修することが考えられます。また,最適化問題をよりくわしく説明する「経済数学」の科目が提供されていることがあります。
まとめると,大学での経済学に必要な数学は,
最低 高校数学 I,II,A,B(通常の文系コース)を前提にして,
微積分・線形代数の2科目
推奨 高校数学 I,II,III,A,B,C(通常の理系コース)を前提にして,
微積分・線形代数の3科目,経済数学の1科目
となります。
統計学・計量経済学
経済学を専攻する学生には,データを用いた分析手法を習得することが要求されます。それには,まず統計学を履修し,つぎに計量経済学を履修します。
(統計学)
統計学の入門コースは2種類あります。
(1) 1科目のコース(数学の履修を前提としない)。主として,研究の手法として統計学が必要な学生を対象としています。
(2) 確率・統計の2科目のシーケンス(微積分・線形代数の履修を前提とする)。1科目のコースよりも,より数学的な議論を取り入れ,広い内容をカバーします。上級の統計学の科目を履修するための前提となります。
計量経済学を履修するには,どちらかの入門コースの履修が前提となります。
(計量経済学)
計量経済学のコースでは,統計学の知識を前提にして,経済データを用いた実証分析の方法(主として回帰分析)が教えられます。
実証研究の文献を読むには,計量経済学の知識が必要ですので,計量経済学の履修は強く推奨されますが,必修科目とするかどうかは各大学の判断に依存します。かりに必修科目でなくても,実証研究の比重が高い科目(例えば労働経済学)を履修するとくには,計量経済学の知識が役に立ちます。
まとめると,大学での経済学に必要な統計学・計量経済学の水準は,
最低 統計学の1科目
推奨 統計学の1科目と計量経済学の1科目
となります。
大学院進学
大学院に進学することを予定している場合には,数学・統計学について,さらに進んだ学習をしておくことが有用です。数学では,微積分をより厳密に取り扱い,集合・位相の概念を使用する「解析」の科目(数学能力の高い学生のために,3〜4学期の科目として,微積分・線形代数の講義のなかに同じ内容を含む科目が提供されることもあります)や,システムの動学的振る舞いを研究する「力学系」の科目を履修すると有用です。
まとめると,高校数学(I,II,A,B)を前提にして,大学院で要求される数学・統計学の水準は以下のようになります。
数学
最低 微積分・線形代数の2科目(1年間)と経済数学の1科目の履修
推奨 微積分・線形代数の4科目(2年間),
解析の2科目,力学系の1科目,経済数学の1科目の履修
統計学
最低 統計学の1科目の履修
推奨 確率・統計の各1科目と計量経済学の1科目の履修
すでにのべたように,経済学の大学院への進学では,学部で経済学を専攻することは必要条件ではありません。しかし,入門2科目・中級2科目のコア科目を履修しておくが推奨されます。
学習計画(例)
おおまかにいえば,1〜2年で応用科目の履修の前提となる科目を履修して,3〜4年で応用科目を履修しますが,履修要件を満たした応用科目を早めに履修してもかまいません。大学入学当初では,まだ大学での学習方法や経済学の全体像を体得していませんので,4年間の厳密な計画はたてられません。とりあえず,上でのべたようなカリキュラムの構造に対する知識をもとにして,当座の履修科目を選択することになります。
経済学コア科目は各学期に1科目ずつ,1〜2年生で履修するのが標準的です。数学・統計学の履修方法は多様ですが,例えば最低水準を満たす場合には,以下のような計画が考えられます(ただし,履修計画は各学生の事情に合わせて作成されるべきで,ここで示したものを強制しているわけではありません)。
1年・前半 |
1年・後半 |
2年・前半 |
2年・後半 |
入門ミクロ経済学 |
入門マクロ経済学 |
中級ミクロ経済学 |
中級マクロ経済学 |
微積分・線形代数T |
微積分・線形代数U |
統計学 |
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