(『ブルームバーグ・ニュース』に掲載された日高正裕記者によるインタビュー記事を許可を得て,転載。)

構造改革を糾す:悲観的シナリオ提示し万全の対策を−岩本京大助教授


  東京 6月8日(ブルームバーグ): ブルームバーグ・ニュースが各界の識者に小泉政権の評価を聞く「構造改革を糾す」。5回目は財政が専門の岩本康志・京都大学経済研究所助教授。「構造改革をやりさせすれば景気が良くなるというのは、責任ある政策のあり方とは言えない。楽観的シナリオと悲観的シナリオがある場合、悲観的シナリオをまず前面に出し、それに対し万全の対策を取るのが政府の責任だ」と訴える。

――ここまでの小泉政権の構造改革路線をどう評価するか。

  「痛みを伴っても構造改革をやると打ち出したことで、政策のあり方は整理され、前向きな方向に動き出した。しかし、景気は既に下向きになっており、タイミングとしては非常に難しい時期にある。不良債権処理や財政構造改革に取り組めば、どちらもマクロ的にはデフレ要因になるため、綱渡りの政策運営にならざるを得ない」

――そうなると、政策の優先順位が重要になってくる。

  「経済財政諮問会議の基本方針に、サービス業を中心に5年間で500万人の雇用を創出する計画が盛り込まれているように、最も大事なのは雇用創出だ。日本経済の問題は、資本や雇用が不良債権で塩漬けにされたり、非効率な公共事業によって生産性が低い分野に固定されていることだ。中長期的にみて、成長が見込め、より生産性が高い分野にこうした雇用を移すことが重要だ」

  「不良債権処理や財政構造改革を進めることによって生じる失業を、少しでも抑える必要がある。そのためにも、まず雇用創出プランでしっかりした新規雇用の受け皿を作り、それから大胆かつ繊細に構造改革を進めるのが順序だと思う」

――失業や倒産など痛みが増せば、小泉政権への支持は急速に萎む恐れがある。

  「小泉政権は対抗勢力を意識し、構造改革による痛みをあまり強調してないが、国民に対し『失業率は上がるが、ここまでは耐えてください』と具体的な数字で示すべきだ。『それを越えた場合は財政改革を減速し、財政で下支えする』といった政策パッケージを示し、失業率が上がった場合の支持を確保する必要がある。痛みが出てから『こんなはずではなかった』となれば、小泉政権は支持基盤を失う。その後に来るのは、小渕、森政権以上に深刻な真空状態だ」

  「『構造改革なしに景気回復なし』というが、構造改革をやりさせすれば景気が良くなるというのは、責任ある政策のあり方とは言えない。消費低迷の理由の1つに、将来の財政への不安があるため、構造改革をやることで景気が回復する楽観的シナリオもあり得るだろう。しかし、楽観的シナリオと悲観的シナリオがある場合、悲観的シナリオをまず前面に出し、それに対し万全の対策を取るのが政府の責任だ」

――財政構造改革と不良債権処理はどちらを優先して進めるべきか。

  「不良債権処理が先で、そのうえで経済にダメージを与えない範囲で財政構造改革を少しずつ進めるべきだ。97年の橋本政権の財政構造改革が挫折した理由の1つは、予測されないショックへの配慮を欠き、急ぎすぎたことだ。その二の舞を避けるためにも、民間部門が負担できる範囲で財政再建のスケジュールを組み、失業が予想以上に増えた場合は緊急避難的に財政で景気を下支えできるよう、弾力条項を柔軟に運用する必要がある」

――小泉政権の財政構造改革のスピードをどう評価するか。

  「来年度の新規国債発行額を30兆円以内に抑える方針は、実務担当者からすれば厳しいという認識もあるだろうが、努力すれば可能だろう。国民や市場に、財政構造改革に取り組む姿勢をアピールするうえでも意味がある。プライマリーバランスの均衡については、目標期間は設定しても、マクロ経済をみながら柔軟に対処すべきだろう」

  「公共投資を国内総生産(GDP)比で欧米並みに抑えるのも、方向としては正しい。日本はもう発展途上国ではないので、社会資本を増やすより、蓄積した社会資本を維持補修することが重要で、公共投資の量を減らすだけでなく、優先順位を組み替える発想が必要だ」

――小泉政権は特殊法人改革も矢継ぎ早に打ち出している。

  「思いつきに近いところもあり、大風呂敷を広げすぎている。まず、規模が大きく民間でやれるものから重点的に手をつけるべきだ。手始めに、日本政策投資銀行、国際協力銀行、公営企業金融公庫、都市基盤整備公団など6機関の民営化と、緑資源公団の独立行政法人化、住宅金融公庫の全資産の流動化を提案する。これら8機関を片付けることで、財政投融資計画を約半分に縮小できる」

  「日本道路公団や本州四国連絡橋公団の民営化も俎上に上がっているが、これは問題の本質から外れている。採算の取れない高速道路をどんどん建設することが問題になっているが、立案・決定するのは、首相が会長を務める国土開発幹線自動車建設会議だ。小泉首相が新規建設を抑える決断を下せば、道路公団が抱える最大の問題は解決する。あえて民営化する必要はなく、むしろ大事な問題から注意をそらしている面がある」

――財投の出口である特殊法人に加え、中間である財政融資資金(旧資金運用部)、入り口である郵便貯金、簡易保険、公的年金の改革はどう進めるべきか。

  「民間の金融機関にとってリスク管理部門が不可欠だが、政府の金融部門の1つである財政融資資金特別会計には十分なリスク管理部門がない。運用先である特殊法人はそれぞれ固有のリスクを抱えており、最終的にリスクを負うのは納税者だ。そのリスクを適切に評価して管理する体制を整える必要がある」

  「郵貯、簡保、公的年金は今年4月の財投改革で財政融資資金と切り離したため、資産運用が主な業務になった。これは民間でできるし、政府が手を出すべきではない。小泉首相が郵政3事業の民営化を打ち出したのは高く評価する。年金については、基礎年金部分は最低限の保障として国の関与は必要だが、報酬比例部分は民間が提供する年金で可能だ。サラリーマンを広くカバーするのであれば、自賠責保険と同じように強制加入を義務付ければよい」
 
 

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