(本稿は,京都大学経済研究所公開シンポジウム「経済危機と21世紀への展望」(1999年3月10日,京都市国際交流会館)のパネリストとしての発言のために用意された。しかし,シンポジウムで正確にこの通り話したわけではない。)

シンポジウム「経済危機と21世紀への展望」での発言

岩本 康志
 
 財政危機の原因は,政府への過剰な期待にある。問題先送りの「甘え」が政治家・企業経営者に染み付いてしまった。 
 問題解決への処方箋として,安直なものはない。必要なのは,(1)日本経済の潜在成長力を適切に把握し,政府への過剰な要求を断つこと,(2)政府の意思決定を規律づけ,過剰な権限を削減することである。 

1 財政危機の原因 甘えの体質
 シンポジウムのキーワードのひとつが「危機」となっていることから,私のほうからは,わが国の財政危機と呼ばれる状況について話をしたい。
 政府の問題は非常に大きく複雑なものなので,ここで与えられた時間の制限では,すべてに目配りした議論は困難であることをまずお断りしたい。わが国が財政危機(財政赤字の拡大,国債の累増)に陥った原因を大胆に割り切ると,その根底には政府の役割への過剰な期待がある,と考える。日本経済で必要な改革が進まず,制度疲労が増している理由は,政治家と企業経営者が高度成長時に培われた安定指向,問題先送りの考えがしみついて,今にいたっても抜けないで,現実の厳しさを直視していないことにある。
 安定指向と問題先送りは,高度成長と密接にかかわっている。高度成長のもとでは,多少の失敗でも全体が成長していれば,多少の失敗は取り戻せ,脱落者をつくらず皆が皆が成長していけるし,利害対立があっても,とりあえず解決を先送りにしておけば,経済が成長するので,時間が自然に解決する。
 しかし高度成長がおわった現在,このような考え方はうまくいかなくなった。こうしたシステムを維持するためのしわ寄せが,もっとも問題を先送りにできる政府に向かい,その結果が巨額の財政赤字という形で現れている。

2 問題先送りで「不安」増殖
 このように考えると,財政危機とは,現在の日本経済の抱える問題の縮図になっているともいえるのではないか。財政赤字とは問題を先送りにすることであり,このことは財政破綻という形でツケを支払わされる不安を抱えている。現在の不況にも,問題を先送りにし,そのことが不安を増殖させるという構造が見てとれる。
 財政破綻は,債務の返済の可能性に疑いをもたれ,新規の財源調達が不可能になったときに起こる。わが国での財政破綻は,まず自治体から起こってくる。というのは消費税を導入したときに,地方の間接税を整理したため,地方では景気に左右されやすい直接税の比重が高まった。90年代にわたって税収が伸び悩んだため,地方の財政状況は国以上に深刻になった。

3 安直な解決策を退けよ
 財政を破綻から救い,再建するにはどのようにすればいいか。残念ながら簡単な解決策はない。回り道かもしれないが,地味な努力が必要である。危惧するのは,安直な改革案が提起され,実行に移されてしまうことだ。
 例をあげよう。無駄な公共事業を減らせ,というのは正しいが,たとえ今すべての公共事業をやめても,国債発行額をゼロにすることはできない。また無駄にもかかわらず政策が実行されている裏側には,その事業から利益を享受している集団が存在し,ある種の政治力をもっていることが多い。そうすると,総論賛成,各論反対ということで,無駄な事業をとめることも多くの反対にあい,大変な労力を使うことになるだろう。若干は役に立っていると考えられている事業を中止することについては,その抵抗はさらに大きなものになるだろう。
 現在進行中の行財政改革で政府のやっていることは,こうした地道な議論を省略して,数値目標を決めることだけだ。しかし重要なのは,質的議論を積み重ねることであって,量的議論だけが先行することは行政の現場ではさまざまな混乱を引き起こすことになるだろう。また,数値目標では政治力をもった特定の集団に利益をもたらす政策が温存され,そうでない政策が削減されることにある危険性がある。
 最近での注目すべき質的議論としては,97年で解散した行政改革委員会において,行政が何をすべきであり,何をすべきでないかの基準づくりがおこなわれた。この委員会は行政改革会議と混同されやすいが,行革会議の方は橋本首相を議長にして話題を集めたが,基本的には素人集団で,見るべき成果は少なかった。本来もっと重視されていい委員会の活動に注目が集まらなかったことは残念だ。
 危惧されるのは,行政改革会議をはじめとして,すでに提示されている改革の発想には安易なものが多いことだ。現状の制度の機能をよく理解せずに,安直にいじり回すだけでは,改革は改悪に終わってしまう。システムの長所・短所の検討も十分にせずに,外国(とくに米国)のものまねに走りたがる傾向があるようだが,これには首をかしげざるを得ない。日本型経済システムで制度疲労しているところは,高度成長を前提にしないと成立しないものであり,その部分を他の個所との齟齬を来さないように変革していくことが必要なのであって,外国からある部分だけを抜き出してきて当てはめてもうまくいくはずがない。

4 甘えを断ち,状況の適切な判断を
 財政の問題を改善する地道な方策として,ここではつぎの2点を指摘しておきたい。
 まず,第1に重要な点は,政治家,企業トップは現在の企業と経済のおこれている状況のきびしさを自覚することであり,政府に過剰な期待をもち,安易に救済を求める,また救済策を打ち出すことをまずやめることである。
 現在は戦後最大の不況というが,これを乗り切ると安泰かというとそうではない。今後は高い生産性成長率はまず望めないので,景気後退局面でマイナス成長となる事態は今後は決して異常なことではないと認識する必要があろう。
 もっと大きな問題があと10年もたたないうちに始まる。21世紀には少子化の進展で,労働力人口の減少がはじまる。このことによって潜在成長力が徐々に低下してくることになり,変化を機敏に読んで対処していく必要がある。

5 政府の規律づけを
 第2の課題は,政府の意思決定を規律づけすることである。このためには,政策の効果をできるだけ客観的・数量的に評価し,裁量のはいる余地を減らすことである。
 これはある意味で官僚化をさらに進めることになる。官僚の腐敗が問題視されてきたが,その問題は官僚が権限をもちすぎたことにある。適切に政府の行動を制約を加えてやることは,官僚制の強化とはまったく別の話である。



(C) 1999 Yasushi Iwamoto